724手間
剣や槍などの得物を取り落とすことに震えるほど怯えてた理由は何てことない、彼ら曰くぐつぐつと煮えたぎる油すら生ぬるく感じる程のしごきが待っているから、だそうだ。
しかも取り落とした者だけでなく、グループを組んでいる者まで連帯責任でそのしごきにご招待、さらにそのしごきで得物をまた取り落とせば延長に入り延長された先でまた取り落としたら……と得物を取り落とさずにしごきが終了するか気絶するまでその繰り返しなのだから、震えるほど怯えるのもさもありなん。
そんな彼らは今ワシの前で銘々剣を取り、先ほどのワシの教えとも言えぬアドバイスを確かめるように準騎士同士で剣を合わせている。
「ふむ、あれだけ打ちのめしたというに中々に丈夫じゃな」
「一番下っ端である準騎士は体力以外に取り柄はありませんから」
「ふぅむ、しかしあやつらも貴族の端くれじゃろ? 魔法はどうなのじゃ」
「学院を卒業したものとて行き成り実践で使える程の魔法はまず扱えれませんから、それに体力が無ければ魔法も十全には扱えれませんからね。無論、魔法が上手く扱える者は騎士に叙任された際に扱えぬ者よりも上の位が与えられますが」
「ほほう、意外と厳しいんじゃのぉ」
「民の規範たるべき騎士は己に厳しくないと務まりませんから」
「なるほど、ワシには到底務まりそうもないのぉ」
あっちにふらふら、こっちにふらふら、群れや身内の為ならば東奔西走なんのその、それが獣人本来の気質。厳しく己を律するなど不可能だろう、だからこそ騎士団に獣人の姿が無いのだろうが。
その辺りは努力でどうこうなる問題では無く、飛ぶ鳥に地べたを走れと言っているようなモノ、無論必要に迫られれば地べたを走るだろうし、地べたを走ることを選んだシン皇国の獣人のような変わり者たちもいる。
「ま、たまにこう口出しするのは良いかのぉ。実力伯仲の相手や格上との方が技量は磨かれるじゃろうが、やはりたまには天地ひっくり返ろうと絶対に敵わぬ相手と手合わせするのも必要じゃろうて」
「敵わぬ相手と戦う必要が?」
「当たり前じゃろう。ヒューマンは弱いからの、己より強い生き物なぞ幾らでもおるじゃろうて、ソレと対峙した時に戦うか否かを判断できるのは生き残るに重要じゃぞ、彼我の実力差を見抜く目も必要じゃが、何よりその時に冷静に判断できる頭が無ければ修練しようが実力差を見る目があろうと意味が無いからの。慣れるためにもたまにはそう言うのが必要じゃ、普通は狩りなどで運が良ければ少しずつ身につけるようなモノじゃが幸いワシがおるからの、命の危険は無いが命の危険を覚えるにこれ程の環境は無いじゃろうて」
「なるほど、もしよろしければその時は近衛などもご一緒しても?」
「んむ、当然じゃ!」
「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」
ふんふんと鼻息荒くフレデリックのお願いを聞いているとワシを呼ぶ声に振り向くと、そこには慇懃に礼をするアニスと彼女が持つバスケットから飛び降りてワシに駆け寄って来る子オオカミの姿があるのだった……。




