718手間
子オオカミに名前は結局付けられなかった、無論そんな事はしないとクリスが言った訳では無くただ単に思いつかなかったからしばらく待ってくれという訳だ。
そんなクリスだが、いつの間にやら準騎士になっていた。デイワズ前伯爵が言っていたように、見習い騎士である準騎士となるのは義務らしいので、当たり前と言えば当たり前なのだが。クリスが神都を離れていたのも準騎士としての訓練で……と。
「んふー、これは良いモノじゃのぉ」
ワシが今いるのは騎士たちの訓練場、そしてワシが見つめる先には鎧を着こんだクリスの姿。大勢いる準騎士に混じり、皆と同じボロボロとまではいかないまでも幾度もの準騎士が着てへこみ傷ついたのを修復したのが見て取れる鎧を着ているのだが、やはり王太子だけあって凡百の者たちとは格が違うのか、何処に行こうと一目ですぐわかる。
そんなクリスは兜を被り近くに控えていた者から受け取るのはクリスの身長ほどもある長大な剣、そしてクリスの向かいにはクリスと同じ格好、同じ得物を持ったこちらも同じく準騎士の姿。
これから行われるのは試合形式の稽古、無論二人が持つ両手剣ツヴァイヘンダーは刃引きはされてるが、その材質や重さは真剣と変わりない、当然怪我や骨折などは当たり前の稽古であり準騎士の中では最もきつい訓練ともっぱらの評判らしい。
無論怪我が怖くて最もきついと言われているのではなく、この試合中は決着が付くまで全力で行う必要があるかららしい、重い全身鎧を着こみ重い剣を振って全力で臨む、実際の戦闘で体力を考えず動くのは愚にもつかぬ事だが、度胸や体力を付けるためならばなるほど良い訓練かも知れない。
「フレデリックやこの国では、あんな剣が主流なのかえ?」
「そうですね騎士の場合主に槍かあの剣が主体となります」
「王国の両手剣に比べると随分と大人しいのぉ、使ってる者はあまり見んかったがワシよりも幅広の剣じゃったぞ」
「恐らくそれは獣人の扱うものでしょう、流石にヒューマンではそんな剣は重くてとても扱えません」
「ふむ、確かにそれもそうじゃな」
フレデリックと話しているとギィイインと耳に響く金属同士がぶつかる音が聞こえ、そちらに目を移せば今まさにクリスとどこぞの準騎士の試合が開始され一合打ち合い、全力でという制約があるからだろうか、一合打っては反動でお互いの剣が弾かれまた一合というのを繰り返している。
二人とも剣の中程で打ち合っておりお互いの技量か鎧の重さも相まってか、ひらりと避けるなどと言う芸当は望むべくもなく己が剣を以て相手の剣を打ち落とす、それ以外の防御の道は無いとばかりの試合展開だ。
角度を変え勢いを変え、鍔迫り合いの無い剣の打ち合いは見た目だけであれば非常に派手である。
「ふぅむ、なっておらんのぉ。二人とも剣の重さに振り回されておる。クリスや! 剣の腹で相手の剣を受け流すのじゃー!」
「セルカ様、両手剣をキッチリと止めることが出来るのは余程の膂力を持つ者か獣人くらいなものです、それに両手剣でそのような器用なことが出来るのであれば、今すぐにでも近衛に昇格させたいくらいですよ……」
呆れたように首を振るフレデリックを尻目に、足を止めて興じるクリスらの試合をワシはやんややんやとはやし立てるのだった……。




