715手間
トンネルを抜けるとそこは雪国でした。
神都周辺は結界のおかげでさほどでもないが、ヴェルギリウス神国は雪深いところが多いのでトンネルを抜けずとも何処でも雪国だ。
そんな冗談はさておき、馬車の中が明るくなりトンネルを抜けたことを知ったワシが見た外の景色は、対岸に見える神前街と湖に沈む橋の姿、湖が増水したのは豪雨や雪解け水が注ぎこまれた訳では無い、その為に透明度の高い水はそのままであり湖に沈む橋がくっきりと見え、何とも言えない神秘的な光景となっている。
目線を下げれば石レンガで舗装された砦周囲ゆえか武骨ながらもしっかりとした道、ここはトンネル内と違い山側も含めれば馬車が数台並んでも大丈夫なほどに道幅は余裕が持たせてある。
元々それほどのスペースはここに無かったのだろうか、湖までキッチリと覆われた石レンガの上を増水した湖がほんの僅か手の平ほどの厚さで覆い、まるで鏡のように空を映しており馬や馬車が進む波紋が鏡像を乱す様すら一つの芸術作品のよう。
「コレは何とも、観光名所になりそうなほどの光景じゃのぉ」
「えぇ、本当に。ですが人が来ないからこそのこの光景なのでしょうね。……その、人が集まるところにはそれだけ良くない者も集まりますから」
「あぁ、まぁ、そうじゃろうのぉ」
落書きをしたりゴミを捨てたり、そんなのは何処にでも湧いて出るようにやって来るのだろう。それだけではない、下手をすれば盗賊や人攫いまでもやって来るかも知れない。そう考えれば下手に観光地などとするよりも、そのままの方が良いのだろう。
「それにお嬢様であれば何時でも来られるはずです」
「そうじゃろうか?」
「流石にフレデリック様にお聞きしなければなりませんし、私では確約できませんがお嬢様であればまず間違いなく。近衛が訓練も兼ね詰めている砦ですし安全に関しては言うまでもなく、それにお嬢様がいらっしゃれば近衛様方の士気も上がるかと」
「クリスならばともかくワシで上がるのかのぉ?」
「当然です! 近衛様も殿方、やはり女性に見られている方がやる気が出るというものです。それにですね私ども侍女もそうですが、見も知らぬ主人よりも見知った主人をお守りするための訓練の方が身が入ると思うのです」
「なるほど、そういうものかのぉ」
両手を胸の前で握りやや体を前に倒す形で鼻息荒く力説するアニスが、ふと何かに気付いたかのように「あっ」と声をあげしまったという表情で両手で口を覆う。
「あ、あのお嬢様。先ほどの言葉、決してクリストファー様を蔑ろにする訳では無く……」
「あぁ、よいよい分かっておる。クリスには秘密じゃな」
努めておどけるように口の前に人差し指を持って行ってウィンクすれば、アニスはほっと肺の中を全て吐き出すように息をつき、次いで後頭部が見えるほど頭を下げるのを見て思わず苦笑が漏れるのだった……。




