714手間
突然の暗闇にぎょっとしていると、同じく驚いていたアニスが慌てて車内に備え付けられたランタンに火を点けようとするが暗いからか、火口を見つけるのにすら苦労しているようだ。
ワシからすればちょっとした薄暗がりといったところなのだが、ヒューマンにはどうも手元すら見えない真っ暗闇であるらしい。
「ほれ、これでどうじゃ?」
「ありがとうございますお嬢様」
ワシがランタンに火を点けてやると、アニスはほっと胸をなでおろし頭を下げる。
「しかしいきなりこんな暗い所に行くのであれば、一声かけてくれれば良いものを……まったく外の者はなにをやっておるんじゃ」
「申し訳ございませんお嬢様、良い馬車にお乗りする方は車内を常にランタンで灯す事が多いものですから、恐らく騎士様方もそう考えてらしたのかと」
「ふむ、そうじゃったか」
ならば責めることは出来ぬかと外を見れば、車内の灯り以外に当然外も暗いはずなので松明か何かを灯しているのだろう、その灯りがふんわりとすぐそこに迫る壁を照らしているのに気付く。
これのお蔭で完全な暗闇では無かったのだろう、馬車一台が通れるのがやっとどころか馬車が通れば横を人一人通ることすら不可能なほどに迫る壁は、よくよく見ればてらてらと松明の光を反射し濡れていることが見て取れる。
「ふぅむ、隠し通路と言うよりもなんぞ水路のようじゃのぉ」
耳をすませば恐らく遠目から見た滝の音だろう腹に響く低い音が遠くに聞こえ、タタンタタンと通路の天井から垂れているのだろう水滴が馬車の天井を叩く音が聞こえる。
「フレデリックならば何ぞ知っておったかもしれんがのぉ」
「そうですね、確かここに詰めている騎士は近衛所属のはずでしたので」
「ほほう、そうなのかえ」
「はい、砦としての機能はもちろん様々な状況を想定した訓練の為だとか、それが敵に知られないようにこの砦周辺は緊急事態でもない限り、騎士以外の民は近づくだけで貴族ですら厳罰に処されるのです」
「ワシら近づくどころか、中に入っておるようじゃがのぉ」
ころころとワシが笑えばアニスも控えめに口に手を当て笑う、この薄暗い通路に入った時はワシの様子を窺いつつもちらちらと外を興味深そうに、有り体に言ってしまえばワクワクとした様子でアニスは見ていたのだが、見えるのは湿った壁のみで確かに秘密の通路っぽい雰囲気は出ているのだが如何せん何も見えない。だからだろう既に興味は失せたようでもう外は一瞥たりともしていない。
ゆっくりとそれこそ湿った空間にいるからかカタツムリの様な速度で歩く馬車の中で、しばしワシはアニスの知っているほかの都市伝説を聞き出し、他愛無い話に花を咲かせるのだった




