713手間
ガタゴトと進む馬車の車窓から、アニスの言っていた裏口の砦を探してみたらそれはすぐに見つかった。険しい山々と周囲の景色を逆さまに映した湖との僅かな隙間に嵌るかのように建つ砦が木々の合間から見える。
見張りの塔だろうか、それが二か所対岸からみて砦の両端に立ってる以外は何の飾り気もない長方形のブロックのような形、そしてそれ以上に特徴的なのがそのブロックの中央上辺りからごうごうと流れ落ちている滝、流れる音こそ聞こえないが、遠目からでもその勢いが強い事が分かるほどだ。
しかし湖の対岸に見えるという事は、湖をほぼ半周しなければたどり着けないという事。木々の合間から見える陽光煌く水面と遠くに見える人工の滝は確かに絶景だ、しかし湖を半周する間ずっと見れるかと言われれば流石に首を捻る。
「アニスはあの砦について、何ぞ他に知ってる話はないかえ?」
「申し訳ございません、王家の者しか使えないという事くらいしか……。それもお嬢様付きの侍女だからこそ知れた話ですので、元々私が知っていた話もあそこは神王様しか使えないらしい、そういった噂だけでしたので」
「ほほう、その噂は有名なのかえ?」
「そうですね、神都やそこに関わりのある人と話す機会があれば、知っていてもそうおかしくはないといった程度でしょうか」
つまり噂好きならと言った程度か、いわゆる都市伝説といったたぐいの話だろう。その都市伝説が今回はほぼ噂通りで本当だった、なるほどアニスが上機嫌になるのもうなずける。
ちらりと窓の外を見るが遠いからか砦が見える場所は先ほどから大して変わっていないように思える、ならばとワシ同様暇そうに馬車の中をうろうろしている子オオカミを抱え上げ、もふもふしたりくすぐったりしてじゃれ合いながら時間を潰す。
そうこうして遊んでいると遊び疲れて眠たくなったのか、ふらふらし始めた子オオカミがよちよちとおぼつかない足取りでワシの足下に置かれていたクッションを敷いたバスケットへと潜り込み、そのまますやすやと眠り始めた。
そろそろ着かないだろうかと考えた矢先、ゆっくりと馬車が速度を落とし始め遂には徒歩とほぼ同じかそれよりも遅いのではと思う速度になる。
何かあったのかと思い外を見れば一瞬だけ見えた外の景色はすぐに閉ざされ、馬車のすぐ傍まで迫る壁に視界が覆いつくされ、灯りを点けていなかった室内は急に夜になったかのように暗くなるのだった……。




