711手間
ガタンダダダンと不規則に揺れる馬車の中で舟を漕ぐ。流石公爵家、いや王家所有の馬車だけあって揺れは最小限で不規則なそれも、まるで赤子をあやす母のようであり眠気を誘う。
ワシの膝の上に置かれたバスケットの中では、バスケットに敷き詰められたクッションの上で正真正銘赤子の子オオカミが仰向けに無防備にお腹を晒し大の字になって眠っている。
「お嬢様もお眠りになっては如何ですか?」
「ワシもそうしたいのじゃが、寝てる間に落としてしまいそうで怖いからのぉ」
完全に野生をフルスイングでかなぐり捨てた寝相だが、何故か今のところワシくらいにしか懐いていない。ワシが抱えていれば大人しいのだが、他の人が抱っこをしようとすると途端に野生を思い出したかのように唸り声をあげ威嚇し始めるのだ。
ただ唸り声といってもまだ低い鳴き声が上手く出せないのか、きゅりゅりゅりゅぎゅりゅりゅるとかなりかわいらしいので、威嚇された人を逆に綻ばせてしまっているが……。
しかし、かわいいからといってそこで手を伸ばせば容赦なく噛みつかれる、実際に騎士たちの何名かが犠牲になっている。いくらワシに懐いている飼い犬の様といっても少し前までは完全に野生の獣だったのだ、噛まれた奴が悪いのだが。
「やはりまだ、お嬢様以外には懐きませんか?」
「当然と言えば当然じゃろうのぉ。せめておぬしくらいには帰り着くまでに懐かずとも慣れては欲しいところじゃな」
「そうですね、今のままではお世話が出来ませんもの」
騎士たちが噛まれたのは威嚇されているのに手を出したからで自業自得だが、誰彼構わず噛みつくようになられても困る。
その辺りの躾けは普通の者より随分と容易いだろう、何せお互い何を言っているのかが分かるのだ。躾けに於いてこれほど楽なことは無い。
「ところでお嬢様、おひざに抱えずとも脇に置けばよろしいのではないでしょうか?」
「うぅむ、それじゃと大きく揺れた時に落ちそうでのぉ。それにの……」
試しにとバスケットを膝から下ろし、アニスの言う通りに馬車の椅子の上に置いて少し距離を取る。するとどうだろうか、寝ているというのにワシから離れたことが分かるのかきゅうきゅうと切なそうな声で鳴きはじめるのだ。
「これは……何とも罪悪感が」
「じゃろう? お蔭で宿でもバスケットを抱きかかえて寝る羽目になったのじゃ。寝相は良いからまず潰すようなことは無いじゃろうが、それでも万が一があってはと心配でのぉ。おかげさまで寝不足じゃよ」
「なるほど、それで……」
その気になれば何日でも起き続けれるし逆に寝続けることも出来る。だがしかし、眠くならないのかと言えばそんなことは無い、今はどちらもしようとしていないので普通に眠くなる。
親を求めるように切なそうに無く子オオカミが入ったバスケットを再び膝の上に乗せ、話をしていたことで少し紛れていた眠気が再び襲い掛かって来るのに任せ、ワシもすやすやと子オオカミ同様寝息をたてはじめるのだった……。




