709手間
右手に小角鬼の角と魔石を入れた袋、左手にアニスが用意してくれたバスケットを森から出る前に腕輪から出して持つ、おくるみに包まれた赤子のように抱いていた子オオカミはバスケットに移されその中ですやすやと未だお休み中。
ワシが戻ってきたのを見つけたのか、流石にワシが出発してからずっと監視していた訳では無いだろうが、かなりの反応速度でフレデリックと今日のワシ担当らしい騎士ら数名とアニスが森の管理人たちの拠点から出てきてワシを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませセルカ様、お散歩は如何でしたか?」
「んむ、なかなかにのんびりできたのじゃ」
「それは大変よろしゅうございました。ところで子犬はどこに? それとその手の袋は何でしょうか?」
「あぁ、あの子なら遊び疲れて寝てしもうての、ほれ」
ひょいとバスケットを持つ手を前に突き出すようにして掲げれば、それを覗き込んだフレデリックや騎士たちは子供の寝姿を見守る父親のような穏やかな表情になり、一緒になってバスケットの中を見たアニスも「まぁ」と声をあげ微笑ましいものを見る目をしている。
それもそのはず横を向くような姿で寝ている子オオカミはどんな夢を見ているのだろうか、だらしなく伸ばした前足で時折何かを招くようにちょいちょいと動かしており、その姿は悶絶もの。小角鬼ですら振り上げた棍棒を下ろすのではないかと思うほどだ。
「それとこの袋じゃったな」
バスケットを持つ手を下ろしシーソーの様に今度は袋を持つ手を前に掲げれば魔石が入った袋をフレデリックが、角が入った袋を騎士の一人が恭しく受け取る。
「これは……魔石ですか?」
「んむ、森の中に小角鬼どもの巣があっての、なんぞ被害が出てもいけぬと狩ってきたのじゃ」
「そうでしたか、小角鬼にしてはなかなか立派な魔石ですが、これだけという事は数が少なかったのですか?」
「いんや、百匹くらいだかの集落と言えるほどの数おったがのぉ、流石に面倒じゃから大半は焼いてしまったのじゃ。集落におった小角鬼は全滅させたとはいえそれだけの規模じゃ、外に出ておる奴もそれなりの数もおるじゃろうし、ここの管理人を呼んできてもらえるかの?」
「かしこまりました」
流石にもう百匹程度の小角鬼では驚かなくなったのか、フレデリックは顔に驚きを浮かべもせず騎士の一人を知らせに走らせる。
ほどなくして建物の中からどういう風に伝えられたのか、ひどく焦った様子の管理人が飛び出てきた。
「も、森の中にかなりの規模の小角鬼の巣を見つけたと騎士様にお聞きしたのですが」
「んむ、しかし既に殲滅しておるから巣自体は脅威では無いはずじゃ、運よく外に出ておった残党がおるかもしれんからのぉ、それに気をつけて欲しいのじゃ。見つけておらんだけで他に巣もあるじゃろうし、そっちに合流するやもしれんからのぉ、気をつけておいて欲しいのじゃ」
見た目以上に相当焦っていたのか、一息で聞いてきた管理人にワシは安心するようにと鷹揚に応える。無論森の中を虱潰しにした訳では無いので完全に気を抜く訳にはいかないだろうし、巣を壊滅させるような恐ろしいモノがいる場所に住めるかとこっち側に小角鬼どもが出てくるかもしれない。
「しかし、森の中央からそれなりに距離があったからのぉ。森の奥の方に抜けて、街道やらに出ておらねば良いのじゃが……」
「それでしたらご安心ください。森の向こう側は割れた皿を無理矢理上下合わせたような崖になっておりまして、高さは木々より低い程度ですが森の向こう側を押さえる様な長さなので、小角鬼程度でしたら越えることはないでしょう」
「そうかえ、それならば一安心じゃのぉ」
「残りの小角鬼関しましても、いつもの事というほど頻度は高くはありませんが心得はありますので我々にお任せください。ですが……大変申し訳ございませんが、しばし森での狩りは控えて頂くことになりますので」
「あぁ、それは仕方ないのぉ」
安全がある程度確保されるまで森は閉鎖する、それは森を生活の糧を得る場ではなく娯楽として利用しているのだから当然の判断だろう。
ただ狩りを生きがいにしているデイワズ前伯爵は嘆くだろう。無論理由を知れば彼ならば納得するだろうが嘆くことは止めないだろうとその場面を想像し、ワシは苦笑を漏らすのだった……。




