704手間
目の前に広がる花畑、赤、紫、オレンジ、黄色、様々な彩の花々が咲き乱れ、もしかしたらと思い探してみたが、残念ながらワシの好きなレギネイは咲いていないようだった。
少し肩を落とし花畑の中央に進もうとして片足をあげた状態ではたと止まる、精緻な絨毯のように咲くのはみな名も知らぬ決して花束としては栄えぬであろう楚々とした花々。
足を踏み入れれば新雪の上を歩くかのように確かな足跡を付けるだろう、だが雪に刻まれた足跡は微笑ましいが花畑に刻まれる足跡は眉をひそめたくなるに違いない。
踏み出した足を引っ込めて、さてどうしたものかと顎に手を当て考える。
「管理人の話によれば、お参り、じゃのうて手入れじゃったかな。それをしておる者がおるはずじゃから……」
いくらむくつけき男であろうとも、この花畑を荒らすのは躊躇するに違いない。ならばなるべく荒らさぬようにと道があるだろうと花畑の周囲を右回りにぐるりと周ればすぐにそれは見つかった。
花畑の縁から中央に向かって一直線に、肩幅ほどの広さも無い花々に埋もれるようにしてある道。
今度こそと足を踏み出し花畑の中央へと歩きだす。
花畑の中央、そこにあるのは石製のランタン、柱というよりも足を少し上げた程度の高さの同じく石製の台座の上におかれたそれは八角形のワシの一抱えよりも大きい火袋を持ち、ガラスの代わりにはめ込まれた石製の板には草花が彫り抜かれ、その隙間からは光の代わりにそよそよと柔らかな風が溢れ出ている。
「まるで洋風な灯篭じゃのぉ……それにしても中から風、というかマナが噴き出ておるのかの」
灯篭から溢れ出る風は少し髪を揺らす程度の弱々しいもの、しかし絶え間なく溢れ出ているというのならば、なるほどこの森が豊かなのも納得できる。
中がどうなっているのか気になり彫りの隙間から覗いてみるも中はがらんどうで、丁度真ん中、台座とつながる部分に穴が開いているのが見えるのだが、流石にその穴の中までは見ることが出来ない。
暗い穴ばかり見てても仕方ないかと灯篭に近づけていた顔を上げ、今度は灯篭そのものを観察する。
見た目はただの石製のランタン、火袋に彫られた飾り以外は何の飾り気もない大きさ以外は何の変哲もないランタン。
唯一の飾りとも言うべき火袋の彫りも、ただ単に隙間を開けるだけでは味気ないだろうというこの灯篭を作った職人の手慰みと言った程度の簡素なモノ。
ほんの僅か苔むした外観は、長い月日手入れされ大切にされてきたのがわかる。しかしワシからすれば期待外れだったと言わざるを得ない。
灯篭はどう見ても気の遠くなるほど長い間ここにあったとは思えず、恐らくは元々ここにあったモノが無くなったか破壊されたかして野ざらしだったものを誰かが見つけて灯篭を作ったのだろう。
もしかしたら本体は穴が開いてそこからマナが噴き出ていることから地下にあるのかもしれない、だが地面をひっくり返してそれを確かめる気も無い。
手入れをしている人が来ているという事からも分かるが、噴き出るマナは人に害が及ぶほどの濃度では無く見た所マナ自体にも悪いモノは含まれて無さそうだし何よりも……。
「この花畑を荒らす気にはなれんからのぉ」
ざぁと木立を揺らし吹き抜けた風が花びらを攫い空へと舞いあがる。
特に得るモノなど無かったが、風に揺れる髪を押さえ青い空に舞い散る様々な彩りの花びらを目を細め見送るのだった……。




