703手間
水筒やぺろりと文字通り最後まで舐めとって綺麗になった子オオカミのエサ皿をバスケットに戻し、敷いていた絨毯ごと腕輪に収納する。
「さてと、ちょいと奥へ行くからおぬしはこちらにおいで」
少し屈んで子オオカミに向かって両手を差し出せば、あおんと嬉しそうに飛び込んできたので両側から挟むようにヒョイと持ち上げて、そこらを駆け回り泥の付いた足とミルクたっぷりのご飯を食べたので真っ白になった口の周りを法術で程よく温めたぬるま湯で洗ってやり、さっと同じく法術で乾かしてから胸元の定位置へと入れてやる。
「さてとちと急ぐから振り落とされんようにの」
きゅわんと子オオカミが返事したのを聞くと、胸元の特等席から落ちず子オオカミの負担にならぬ速度で森の中心に向かって走り出す。
タン、タン、タンと走るというよりも殆ど地面すれすれをジャンプするような足取りで進めば、木々は次々と後ろへと風のように消えてゆき地面は荒れ狂う川のように流れゆく。
昨日乗った馬で見たのよりも早く動く景色が気に入ったのか、胸元の子オオカミが上機嫌できゅーんと練習中の遠吠えのような声で鳴き、尻尾をピピピピと忙しなく振るものだからくすぐったい。無論その程度でワシがこけたりするわけではないが、はしゃいで飛び出されても困るのでポンポンと人差し指で子オオカミの頭を軽く叩き釘をさしておく。
「落ちたら大事じゃからな、もう少し大人しくしておるのじゃぞ」
ワシがそう言えば子オオカミはワシに振り返り、わかった、と殊勝な返事をして大人しくなったのだが前を向いた時にはもうその言葉がすぽんと音を立てて頭から飛んで行ったのか、今すぐ胸元から飛び出さんばかりの勢いで尻尾を振りはじめる。
えてして子供はこんなものかと苦笑して、仕方ないのと呟いて子オオカミが落ちないよう更に気をつけながら先へと進む。
森の中心、森の管理人に教えてもらった地点に近づくにつれ段々とマナの濃度が濃くなってゆく。マナは生きていく上で必要不可欠だが濃過ぎれば毒となる、薬などと一緒で当然体が小さいモノの方が影響が大きくちらりと子オオカミの様子を窺う。
森の中心は一応の目的地ではあるのだが絶対に行かねばという訳でも無い、子オオカミが体調を崩す前にと思ったのだが。当の本狼は流れる景色にはもう飽きたのか、吹き付ける風を気持ちよさそうに目を細めて受けており、その様子からも気持ちからもきついとかくるしいなどという感情は見えなく、それを隠している様子もない。
これならば大丈夫かと少し速度を上げ目的地である森の中心にたどり着く、そこは木々が無く少し開けた広場となっており陽の光を遮るものなく燦々と降り注ぐ陽光に照らされたそこは一面の花畑、まるで様々な花の種をぶちまけたかのように色とりどりの花々が生い茂るその中心に、灯篭を半ばまで土に埋めたような地面に突き刺した棒にランタンを乗っけたような、不思議な石造りの祠がそこにあるのだった……。




