683手間
すたすたと木々の間を駆け抜けてフレデリックらの下へとひた走る。木々に引っかからないようにイノシシを縦にしているので、傍から見たらまるでイノシシが空中を走っているように見えるかもしれない。実に滑稽な姿かもしれないがこれだけの巨体だ、さっさと血抜きしないとその後の作業の間に日が暮れてしまうかもしれない。
猪の心臓付近から流れ出る血がワシにかかるよりも速く、後ろにひこうき雲のように流れるほどの速度で走ればすぐにフレデリックたちの姿が見えてくる。
フレデリックたちは流石騎士なだけあって、ワシが居ないのを良いことに休憩だと言わんばかりに座るのではなく、何が来てもすぐ対応できる様に片膝を立てた状態で身を屈め、剣の柄に手を当て油断なく四方を睨む陣形を組み待っていた。
そして何が来てもすぐに対応できる状態で待っていたという事は、駆けてくるワシもすぐに……いや、まず目に入ったのは巨大なイノシシだったのだろう、フレデリックたちは何事か叫びながら剣を抜き立ち上がる。
巨大なイノシシが驚くほどの速度で駆けてくるのだ、皆前に立ちはだかる愚行など起こすことなくワシの目の前からさっと避けたのを見てそこにイノシシを投げ飛ばす。
「ワシじゃ!」
「セ、セルカ様でしたか……」
ワシのことを確認するとフレデリックはほっと息を吐いて剣を鞘に戻し、他の騎士たちはどっと疲れたかのように肩を落としその場にへたり込む。
「なんじゃなんじゃ、小胆な連中じゃのぉ」
「セルカ様、どうかご容赦を。そんな豚鬼をも一撃で倒しそうなイノシシが、飛ぶような速度で突進して来たらそれこそ近衛でも肝を冷やします。腰を抜かさず対応できた時点で彼らは優秀な騎士ですよ」
「ふぅむ、そんなもんかのぉ。っとそうじゃ、おぬしらにロープやらの荷物を持たせたままじゃったと思い出しての、それで戻ってきたのじゃった」
「かしこまりました、すぐに持ち帰れるよう用意いたします」
「いやいや、それでは肉が悪くなるからの。ここで血とはらわたを抜いていくのじゃ」
「ここで……ですか?」
「んむ、さっさとやらねば悪くなるからの」
さっさと寄こせと手で示せば騎士の一人が、木の根元に置いてあった背負い袋の中から丈夫そうなロープを取り出しワシに手渡す。
それを手早くイノシシの後ろ足を束ねしっかりと結び、丁度近くにあった幹の先が二股に別れた丈夫そうな木にロープを投げて通しロープの落ちた先に回り込むと思いっきり引っ張り、イノシシの巨体を持ち上げる。
イノシシの頭が地面に着いてるかくらいまで持ち上げると、ロープを木の幹へと巻き付けて結びロープが緩まないようにする。
「これでよしと……お次は穴じゃな」
イノシシのワシが放った矢が刺さっている下あたりに狐火を使い土を焼き尽くして手早く穴を掘り、矢が突き刺さった周囲を腰に差していたナイフを使い切ってから矢を抜くと、そこからだくだくと血が穴の中へと流れだす。
ただこれ程の巨体、このままでは血が固まる前に抜けきらないとぴょんと飛んで太もも付近を切り裂く。すると更に勢いよく血が穴へと流れ始めた。
「よし、これで良いじゃろう。血が抜けきるまで辺りを警戒しつつじゃが休憩じゃな」
パンパンと手を叩き、ワシがさっさと獲物の処理を進めるのをぽかんと眺めていたフレデリックらを覚醒させるとワシは適当な木の根に腰かけ、毛皮や肉などはどうしようかなど、吊り上げた木の幹を覆い隠さんばかりのイノシシの巨体を眺めニコニコと上機嫌で休憩をするのだった……。




