684手間
イノシシから流れる血が少なくなってきたころ、やれやれよっこいしょと木の根から立ち上がり徐にナイフでその腹を掻っ捌こうとしたらイノシシとワシの間に身を滑らすようにフレデリックがやってきて、ワシはイノシシに突き立てようとしたナイフを止める。
「なんじゃ危ないではないかえ」
「セルカ様、後は我々がしますので」
「ふむ……」
フレデリックの言葉に手を顎に当てようとして、ふと自分の腕などに点々とイノシシの血が付いていることに気付く。血抜きをしたといっても完全に抜けきった訳では無い、その証拠に当初の勢いは無いがイノシシの体からは未だに血が滴り落ちている。
それにはらわたを抜くという事は少なくともイノシシの腹に手を突っ込まねばならない、当然そうなれば血まみれになるし、はらわたという事は下手をすれば……。
「うむ、任せるのじゃ。終わった後に身を洗う湯くらいは用意してやるからの」
「セルカ様のお手を……いえ、感謝いたします」
煩わせるには、そう言いかけて少し逡巡したフレデリックは、ワシに向かいおずおずとバツが悪そうに頭を下げる。さしものフレデリックも、獣を解体した後に身綺麗にするという誘惑には勝てなかったようだ。
だが、それも当たり前の事だろう。寒さ故か体に付いた血や肉がすぐに腐り臭いを発するということは無いが、腐ろうが腐りまいが不快なことには変わりない。しかもすぐに体を洗えるような水場が近くに無い、それ以上に雪が降り積もる寒さだ川などの、自然にある水の冷たさなど想像するまでもないだろう。
しかしたとえどんなに不快な状況であろうと、野外でそんな水をおいそれと使う訳にはいかない、凍傷の怖さは寒さ厳しいこの国の人間ならば文字通り身に染みてよく分かっている。
そこへ温かいお湯、これほどの誘惑は近衛騎士でも抗えなかったと……現にフレデリックはバツが悪そうな顔をしているが、他の騎士たちは小躍りするほど喜んでおり内心フレデリックも似たようなモノだったのだろう、彼らを咎めることはしない。
「貴様らさっさと解体するぞ」
「はっ!」
照れ隠しか、殊更威厳を込めてフレデリックが騎士たちに指示すれば王命を賜った騎士もかくやという見事な礼を騎士たちが返し、イノシシの解体に取り掛かる。
「セルカ様、剥いだ皮などは如何しましょうか」
「いや、この場でははらわたを抜くだけで良い」
「かしこまりました」
フレデリックら騎士たちの手際は普段から狩りも訓練の内に入っているというだけあって淀みない、しかしそれを生業としてるプロには叶わないだろう。解体の為のしっかりとした道具がない場所で皮など剥ごうモノならば、日がとっぷりと暮れてしまう。
ならば、血とはらわたを抜いて軽くして運ぶだけに止めた方が賢いと言うもの。
ザクザクと腹を掻っ捌いて湯気が上がるはらわたを取り出していく騎士たちを尻目に、まずは自分が綺麗にしておくかと法術でお湯を生み出し、血やイノシシから落ちてきたであろう泥を洗い流してゆくのだった……。




