3616手間
車寄せにてワシらを出迎えた者の中に、この屋敷の表に出れる使用人一同に加えて件の男爵が混じっていた。
馬車から降りて彼を見れば、髪や肌の色つやから良い物を普段から食べているのが分かるが、それに反して激務のせいか随分とやつれているように見える。
「ようこそ御出で下さいました、王太子殿下、並びに王太子妃殿下」
「あぁ、出迎え御苦労」
玄関先でクリスと男爵が長々と挨拶を交わしてから、彼の案内で屋敷に入れば残念ながら外装と違い内装は完全に他の一般的な屋敷と変わりない間取りだった。
そして屋敷を飾る装飾なども、この屋敷の主人の個性を反映していないのがよく分かる実に無難な物だ。
男爵という地位を考えれば少々華美ではあるが、屋敷の格を考えれば妥当なところを見るに、恐らくは使用人などが選んだものなのだろう。
そんな風に観察している内に応接室へと通され、ワシらが座ると手早くお茶が用意され、男爵はティーカップを手に取り飲む陰でほっと息を吐く。
「報告では耳にしていたが、聞きしに勝る発展具合だな」
「皆の努力によるお陰でございます、更には斯様な私には分不相応なほどに立派な御屋敷まで賜りまして……」
「いや、そなたの働きに相応しい物であろうが、確かに分不相応ではあるな」
自分にはもっと小さい屋敷がと言外にいう男爵に対し、クリスはいたずらする隙を見つけたかのようにニヤリと笑い、まずは彼の働きを褒めてから分不相応という言葉に同意する。
男爵はクリス直々に褒められたことを光栄に思う表情半分、隠すことなく同意されたことに不安を感じる表情半分の実に複雑そうな顔を見せる。
「道中話していたのだ、この町をここまで発展させた者が、男爵では役不足であろうとな」
「そ、それは」
「一代でここまで発展させた手腕、将来的な港の重要性を鑑みて辺境伯辺りが妥当だと思うが、どうだろうか」
陞爵の話だと気付いたのか、男爵は一瞬顔を明るくするが、辺境伯という単語を聞いて今度は真逆に悲鳴を上げるのをこらえるかのようにひゅっと息を呑む。
男爵が一足飛びに辺境伯という地位に就くのだ、そもそも小心者らしい彼がそんな反応をするのも致し方ない。
何せ身分そのものは伯爵と同等であるが、序列は侯爵相当になるのだから。
「本来ならば領主にでもと思うのだが」
「い、いえいえ、この町一つで手一杯でございます」
「それは流石に冗談だが、辺境伯という名はそなたに相応しいと思っている」
「そ、その、お言葉ではございますが、それは決定事項で御座いましょうか」
「いや、残念だがまだ奏上していない。だが、陛下もこの町の発展具合はよくご存じなので、港の重要性を鑑みれば間違いなく同意してくれるだろう」
まさか自分の働きが国王にまで届いているとは思わなかったのか、男爵はピシリと動きを止め、まるで油が切れた機械仕掛けの玩具かのように大変光栄でございますと呟くのだった……




