3613手間
御者にすら気付かれることなく馬車を出入りした以外は特に何事もなく港町へと辿り着いたが、一目見ただけでは以前に来た港町と同じ場所とは思えないほどに発展していた。
もちろん、報告書や嘆願書などなど、あるいは許可を出したりしてどのような発展をしているのかは文章上では知っていたのだが、やはり文で読むだけと実際に目にするのではその印象は全く違うものになる。
「へぇ、これほど栄えていたんだね」
「ほう、なかなか立派な門ではないかえ」
町の広がり具合を示すかのように、以前の町の入り口よりかなり手前から町を囲む門壁と格を示すかのように立派な門が建っていた。
もちろん、門などを建てるにあたり要望やら予算やらの許可などを出しているので、在る事そのものは知っていたが予想よりも随分と町が広がっていることにクリス共々驚いた。
港町と同じ建材を使っているのだろう、白い壁と門は未だくすんでおらず、新しく出来たことを陽の光を反射して主張しており、門を守護する兵士たちも心なしか誇らしげだ。
そんなモンの前には魚介類を買い付けに来た商人たちだろうか、荷馬車などの列が出来ているが、ワシらはその列の横を優雅に過ぎてゆく。
当然並んでいた者たちは、そんな横紙破りをするような者に対してむっとした視線を送ってくるが、紋章が誰を示しているか知らずとも明らかに格式高い馬車、兵士ではなく騎士が対応しているのを見て慌てて視線を外して、自分の無作法という汚れを落とすかの如く、ほこりを払うような仕草で自らの身体を叩いている。
「王家の紋章を彼らは知らないのかな」
「自ら買い付けに動くような者たちじゃからの、紋章が何を意味しておるのかは知っておっても、それが誰を示すかは知らぬのも致し方あるまい」
家を示す紋章を見れば、それがどこの誰だかわかるのは貴族だけだ。
もちろん裕福な者や貴族相手に商売をする者であれば、主要な貴族とお得意先の貴族の紋章くらいは知っているだろうが、平民同士でしか商売しない者にとっては、知っていたとしてもあまり役に立たず、何より彼らにとって王家だろうと騎士爵であろうと、頭の上がらぬ存在、一括りに貴族として平身低頭の態度を貫けばよいだけなのだから。
「ふむ、そういうものか」
「まぁ、クリスはその辺りに疎くとも致し方あるまい」
クリスは平民にもしっかりと気を配ってはいるものの、根っからの貴族だ、その辺りの機微に疎くても仕方がない。
もちろん、ワシも彼らの気持ちが分かるかと言えば断じて否と言えるだろうが、それでも彼ら平民の心情をある程度は理解できているはずだ。
「セルカなら、例え平民だったとしても王相手でも頭を下げ無さそうな気がするよ」
「そんなの当たり前であろう?」
そもそも平民だの貴族だのという区分は誰かが勝手に決めたものであり、ワシが従う道理がない。
己の神聖性や正統性を謳うのであれば、世界樹の女神が娘たるワシが上であろうし、血の古さを誇るならば、下手な王朝よりワシの方が長生きなのだからワシの方が上であろう。
「うむ、やはり首を下げる理由が微塵もないの」
「それが出来るのはセルカだけ…… いや、セルカより長生きな種族もいるんだっけ」
「んむ。ハイエルフたちはワシよりも何倍も長生きじゃが、彼らは殆ど樹木と同じじゃからの」
何より彼らの生息域にヒューマンは立ち入れず、ヒューマンの生息域に彼らは立ち入れないので、気にすることはおろか居ることを知る必要もないだろうが。
そんな他愛もないことをクリスと話している内に、手続きなどが終わり再び馬車が動き出すと、ワシらの想像以上に発展した港町の景色が車窓に映るのだった……




