1075手間
ドタドタとやって来たドノヴァンの要件など分かり切っている、ここで肩透かしにまた赤蜘蛛ということはあり得ないのだから。
長老に聞いた話だが、赤蜘蛛は犬やら猫のように縄張りにマーキングするらしく、例えマーキングをする赤蜘蛛が居なくなったとしても、最低ひと月は他の赤蜘蛛が縄張りに入ってくることはないそうだ。
だからこそ、ここまで慌てる必要があることは一つだけということだ。
「あいつら攻めてきやがった!」
「どこからだ」
「水んとこからだ!」
「そうか……まさしく忠告通りになったか」
これも長老に聞いたのだが、ワシが前に難所からの奇襲を気をつけよとの忠告を受け、しっかりとそこも偵察させてくれたのだが、この街へと繋がるのは二か所だけであり先ほどドノヴァンが言った水というのはその二つの内の一つ、やや難度が低いほうらしい。
もう一つは溶岩と彼らが呼ぶ、溶岩の川が流れる渓谷の上の崖が少しだけずれたように見える隘路、こちらはかなり狭く小柄なドワーフでも崖際にへばりついてやっと通れるくらいなのだが、足場が脆い上に溶岩の熱で絶え間なく熱風となった上昇気流が発生しており、熱さに強いドワーフでも堪えるらしい。
「ふむ、一応溶岩の方も警戒を続けておいた方がよいじゃろうな」
「確かにな、水ならこっちが圧倒的に有利だ、少人数でも」
「いや、ワシ一人でいいじゃろう、赤蜘蛛つこうた雷、あれのぉ水によく通るのじゃよ」
「あれか……しかし、一人というのは流石に」
「おぬしらの話によれば、常に水の所はその名の通り濡れておるのじゃろう? 雷は濡れておるところに節操なく届くからの、巻き込まれてもしらんぞ?」
ワシがそう言えば、一撃で死んだ赤蜘蛛を思い出したのだろう、うげっという顔をドノヴァンだけでなく長老もする。
まぁ、ワシが無理矢理抑えればそんな事にはならないが、一言でいえば面倒、同時にやることを増やせばさしものワシとて個々の精度が落ちる。
その落ちた部分が万が一味方への被害に繋がれば目も当てられない、そんな事故を防ぐためにもワシ一人が良い。
そして水の道はその名の通りこの街の水源から流れる地下にある川の下流、その流れの脇にある道なのだが、こちらも隘路となっておりドワーフ一人が通るだけしかない、なのでますますワシ一人の方が良いという訳だ。
なんでそんな狭い道が難所なのかというと、取水口としている部分からかなり急な流れとなっているらしいのだが、それが終わり緩やかになっている場所から水位があがり道が無くなっているのだ。
それだけなら特に何の問題も無いが、件の街からこちらへと繋がる洞窟は所々水没しており、泳ぐ必要があるのだがドワーフは洞窟暮らしということもあって皆ことごとくカナヅチであり、しかも一か所速い流れの所があるというのだからその難度はお察しである。
始め聞いた時は確かにこんな所は警戒しなくてもいいよな、そう考えるだろうとワシすら思ったものだ、だが念には念を入れて、正直に言えば聞いたからといって今更訂正するのも恥ずかしく、そのまま警戒するように言っていたのだが今回はそれが功を奏したようだ。
「んむ、それでは行ってくるかのぉ。確実に奇襲だけでなく表からも来るはずじゃそちらは任せたからのぉ」
「当然だ、任せてくれ」
ドンと胸を叩く長老とドノヴァンにワシは深く頷くと、コップに残った蒸留酒をグイッとあおり席を立つ。
長老の屋敷を足早にあとにして、この二日でワシのことはドワーフたちに周知されたおかげで特に何事もなく街からも出られた。
街の外にいた先日の広場へと向かうドワーフたちに、そこでワシの力を見ていたのだろう「頼りにしてる」と口々に声をかけられ、ワシも彼らに任せろと、ボヨンと胸を叩くと教えられた道順を思い出しつつ水の道へと向かうのだった……




