1062手間
長老もワシと同じ方向を見ているはずなのだが、意識は赤蜘蛛に持っていかれているのか、扉の影に隠れているドワーフを見つけられていないようだ。
少々コソコソしすぎな気がしないでもないが、もしあのドワーフが最初に赤蜘蛛の群れと遭遇し、逃げ遅れた者だとすれば長老はきっと喜ぶだろう。
「のう、あそこの扉の影に居る者、逃げ遅れた者では無いかえ?」
「なにっ!」
死んだものと思っていた者が生きてたらそうなるだろう、短い言葉にこれでもかと嬉々とした気持ちを乗せて、長老が手すりから落ちんばかりに身を乗り出してワシが指さした方を見る。
そしてコソコソしていたといっても扉の影だ、意識を向ければすぐに見つかる、長老も見つけたのか「おぉ!」と声を上げ、喜ぶかと思いきやギュッと目を眇める。
「違う! あいつは隣のドワーフだ!!」
「なんじゃと」
手すりを握りしめ、先ほどの嬉々とした様子とは一転、怒気を孕み長老が声を荒らげる。
確かに、よくよく考えれば赤蜘蛛を警戒してコソコソしてるのだろうと思ったが、あの位置からならば赤蜘蛛が倒されていることなど簡単に分かりそうだ。
そして人がコソコソするときは、ヒューマンだろうとドワーフだろうと獣人だろうと変わりない、後ろめたいことがあるか……良からぬことを企んでいるかだ。
コソコソとしていたドワーフは、背後から角材を二本まとめたような長い金属製のモノを取り出したかと思うと、扉の影に隠れたまま扉に背を向けているドワーフに、その一端を向けるようにして構える。
アレは恐らく魔導銃、その銃口を向けたのならばその意味は一つだけ、しかし他のドワーフたちは赤蜘蛛に気を取られているのか、丁度陰にでもなっているのだろう気付いた様子は無い。
「いかん! 逃げろ!!」
狙われていると気付いた長老が叫ぶよりも早く、ワシは手すりから身を躍らせ縮地を使い、狙われたドワーフと魔導銃の間に我が身を滑り込ませる。
縮地を終え、地に足が付くか否かの刹那に右手で銃口を弾こうとするが僅かに遅く、ワシの雷鳴と同じほどの轟音を響かせ銃口から弾丸が飛び出てくる。
幸いなことに、撃ちだされた弾丸はワシの肩に当たっただけでドワーフたちに被害はなく、ワシは深々と息を吐きながら胸を撫で下ろす。
「さて丁度良い、色々とおぬしには教えてもらおうかのぉ」
弾丸が至近距離で当たったというのに平然としているワシに、唖然としていたドワーフから魔導銃をひったくる様に右手で奪い取り、革のような質感の鎧の首元を左手で掴み力任せに地面へとうつ伏せになる様に引きずり倒す。
うつ伏せになった背を踏み、鎧とは違い金属製のボウルを被ったような簡素な兜を左手で押さえつけ、ワシは耳元で殊更恐ろしく聞こえるような声で囁く。
「おぬしはこんな所で何をしておったんかのぉ」
「誰が言うか!」
「まぁ、そういうじゃろうなぁ」
押さえつけられているからかやや苦しそうにしながらも、尋問される者が言いそうな判で押したような受け答えを鼻で笑う。
そんな受け答えなど分かり切っていた事なので、ワシは左手に力を入れゆっくりと兜を圧し潰してゆく。
ひっと引き攣ったような声を押さえつけられたドワーフが上げるが、恐ろしさのあまりかそれとも矜持故か、何かを喋ろうと口を動かす気配はない。
「ま、お主が喋らんでもよい、敵地に乗り込んでくるんじゃ、おぬし一人ではあるまい? なればおぬしに無理に聞く必要も無いという訳じゃ」
ワシの言葉をどうとらえたのか知らないが、押さえつけられたドワーフがほっとした気配を感じ、ワシは左手に力を籠める。
「じゃから、そやつらの口を滑らかにするためにも……おぬしには惨たらしく死んでもらおうかのぉ」
我ながらゾッと背筋が凍えるような声が出せたとニヤリと笑えば、押さえつけられたドワーフだけでなく周囲のドワーフたちまで引き攣った気配を感じる。
雰囲気に呑まれただけの周囲の者と違い、このままいけば惨たらしい末路を迎える自身を想像したのだろう、押さえつけられているドワーフがガタガタと震え始め、そして喋るから助けてと泣きながら命乞いをはじめるのだった……




