1060手間
パキャパキャと割れたガラスの上を慎重に歩くような音は、次第に地団駄を踏むかのような激しい音へと変わってゆく。
「さっき投げ込んだモノが踏まれる音がするのじゃが」
「ということは引っ掛かったか。よし、もう一本投げ込んでやれ」
ワシの言葉を聞いた長老は、すぐに先ほど筒を投げ込んで逃げてきたドワーフに指示を出す。
まさかまた扉の前に行って投げ込んでくるのかと思ったが、流石にすぐ近くに赤蜘蛛が居るというのにそんなことはせず、盾の後ろから砲丸投げのような姿勢から誘引剤が入った筒を扉の方へと投げ込む。
筒は放物線を描き盾の向こうへと消えてゆくと、先ほどよりもガチャンと先ほどよりも大きな音を立て砕け散る。
その瞬間、その音が聞こえたか、それとも新たな臭いに反応したのか、扉の向こう側から聞こえていた地団駄のような音がピタリと止む。
「よし、魔導銃構え!」
長老が緊張感を孕んだ声で号令を下すが、ぴっちりと盾で埋められた状態でどうやって魔導銃を使うのだろうと思ったが、盾を構えていたドワーフが盾の内側についていた取っ手を下にスライドさせ、現れた銃眼に魔導銃を持ったドワーフたちが銃身を差し込み狙いを付ける。
なるほど、アレならば体を無暗に晒すことなくしかも盾を支えとして狙いを安定させれるな、などと感心していると赤蜘蛛が扉から入って来たのであろう、一気に緊張感が高まるのを感じる。
「ワシは上から法術の狙いを付けるのじゃ」
「分かった」
長老の返事を聞くよりも早く、ワシは再び回廊へと跳び、今度は手すりの上に腕を組み仁王立ちする。
眼下のドワーフたちをちらと一瞥すると、その視線の先へとワシも見れば、まるで噴き出るように扉から赤蜘蛛が這い出てくる気持ち悪い光景が見える。
姿かたちこそ街中で荷台を運んでいた蜘蛛と似ているが、赤蜘蛛の名の通りその体色は静脈に流れるようなどす黒い血のような赤だ。
そんな色の蜘蛛が蠢く様は、まるで血だまりが蠢いているかのようで、気持ち悪さに拍車をかける。
その様子に眉をひそめるながらも、なるほど確かに広場に入った途端、赤蜘蛛たちは勢いを無くし何やら戸惑うように頭を振っているのが見える。
十二匹ほど赤蜘蛛が入って来たところで打ち止めなのか、それ以上は扉から赤蜘蛛が入ってくる様子は無い。
「今だ、撃てっ!撃てェ!!!」
長老が叫ぶと同時、タンッタンッと乾いた炸裂音が幾つも響き渡る。
軽い音とは裏腹に、放たれた弾丸は鋭く赤蜘蛛の甲殻を抉り、よろけその場に倒れ伏しながら赤いその体とは正反対な青い血を穿たれた穴からまき散らす。
しかし、流石は大きくても昆虫と言うべきか、撃たれ倒れたモノもよろよろとだが立ち上がり、どこから出しているのかシューシューとヘビのような威嚇音を上げる。
明らかにドワーフたちを獲物、いや、倒すべき相手だと認識したのだろう、先ほどまで右往左往していた様とは一転、今にもドワーフたちに襲い掛かろうとその脚に力を込めているのが見える。
「残念じゃな、ワシがおるからには、やらせはせんのじゃ」
ワシの呟きと共に現れたつむじ風かヘビの如く腕に巻きつく紫電は、ゆるりと斜め下へと掲げた手のひらを起点に、魔導銃の発砲音など囁き声と言うかのかの如くの音を轟かせ、赤蜘蛛の群れへと雷が奔る。
ドワーフはもとより、狙われた赤蜘蛛たちも反応すら出来ずに最初の一体が雷に打たれ、そこから鳥が羽を広げるように紫電が赤蜘蛛の群れに伝播してゆく。
雷の蹂躙は一瞬で、動くモノはそこに無く、雷鳴が反響するどよめきだけが、そこで何かあったのかを示すのだった……




