1059手間
回廊の手すりに座り、足をプラプラさせながらドワーフが謎の筒を投げ込んだ先を見ているが、かしゃんと何かが割れる音が聞こえて以降に何か起こる気配はない。
如何にも投げてすぐ爆発するぞといわんばかりに逃げて行ったドワーフたちは何だったのか、じっと目を凝らしても文字通り耳をそばだてても、筒を投げた先に変化は見られない。
ならばここは何をやらせたか知っている者に聞くかと、ひょいと手すりから飛び降りて長老の傍に着地する。
「のう、さっき投げ込んだ物はなんじゃ?」
「随分身軽な……。っと投げ込んだ物だったな、アレは簡単にいえば誘引剤だ」
飛び降りてきたワシと回廊を驚いた様子で視線を行き来させていた長老だが、ゴホンと一度咳ばらいをしてから筒の説明をしてくれた。
「赤蜘蛛の、かの?」
「その通りだ、と言っても完璧な効果は無いがな。今回みたいに巣を突かれた時のように、赤蜘蛛どもが興奮していないと引っ掛からない、が、それでいいとは思うがね」
「ふむ、どうしてじゃ? いつでも使えれば多少なりとも安全が確保できるのではないかの?」
「赤蜘蛛の誘引剤は優秀過ぎても困るんだよ、例えば運搬中に零れたり、何より作っている最中に引き寄せられても困る。興奮時にしか効果がないが、それでも街中では作らせず、ましてや持ち込ませることもしていないくらいだからな」
「なるほど、確かにその通りじゃな」
厳重にしていたとしてもミスは起こるモノだ、それが細工と採掘と酒以外には良く言えば大らか、悪く言えば大雑把なドワーフならば尚更だ。
例えば保管容器にパッと見て気付かないほどの小さなヒビが入っていて、そこから誘引剤が漏れ出していたら……。
無論、注意深く事に当たっていれば早々に問題は起きないだろうが、そんな事に気を回す位ならば効果が低くても限定的な方がマシだと思ったのだろう。
「しかし、今は効果があるのじゃろう?」
「あぁ、その通りだ。こういった時に使うからな」
「その割には何も変化がないが? さっき投げ込んだ者の慌て様からして、すぐに何か起きると思うたのじゃが」
「それは赤蜘蛛が何処に居るか次第だからなぁ。だが、万が一すぐ近くに赤蜘蛛が居たら、真っ先に投げ込んだ奴らが襲われるからな、アレを使ったらさっさと逃げるように言い含めてある」
「なるほど、の」
確かに、虫をおびき寄せるモノを投げてすぐにご対面などワシもご免被りたい、それが馬ほどの大きさの蜘蛛となれば尚更だ。
それに大抵の誘引剤も仕掛けてから最低でも一日二日は待つのが当たり前、それを考えるならば既に待ち構えて戦う準備万端なのは、それだけ赤蜘蛛の臭いというかマーキングした獲物に対する執着が強いということだろう。
そんなことを考えつつ、今は盾に隠された扉の向こうを見るようにワシは視線を送る、扉は当然見えないが、ドワーフたちの背はよく見える。
普段と変わらぬワシとは対照的に、赤蜘蛛がいつ来るかいつ来るかとピリピリとした緊張感に包まれている姿を見て、これで赤蜘蛛が来るまで体力より前に集中力が切れるのではと思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
扉の向こう側から、微かにではあるがパキャリパキャリと何か硬いモノが割れる音が幾つも聞こえ、何かがやって来たことを雄弁に知らせてくるのだった……




