2 流儀だらけ
栄二はコップの緑茶を噛むように飲んだあと、満を持して訊ねる。
ミモの出現まえにチャーハンを炒めていたわけだから、片づける順番としては妥当というもの。
「ええ、わたしは人間さんとはちがうものです。みておわかりのとおり」
みておわかり。
「どうしてかといえば、少しでもいいので泊めていただこうかと思いまして。行くところがまだないもので」
家出したティーンエイジャーのようなことをいう。
しかし、回答として予想の範囲内ではあるが、予想どおり回答としては不十分である。
栄二は、ふむといったんうなずき、できるかぎりの可能性をぐるぐると思いめぐらせる。とりあえず、人間さんの流儀にしたがって。
「――白状すると、お金はないよ」
栄二は円卓に両腕をついて、上目遣いで攻めてみた。
ミモの全体が波打つ。
白と黒の墨がまじりあったかのように影ができたり消えたりした。
「ええ、存じております。そういう意図はまったくありません。わたしにはお金はあってもなくてもかまわないものですので。でも、自炊をなさるのはそのせいだけではないんでしょう?」
外食しないのは経済事情もあれば、祖母の流儀でもあり、健康面への配慮もあれば、わりと性格が非社交的という側面もある。来るものはあまり拒まないが、そもそも望んで行かない。
「まァね、物事にはいろんな理由が複雑に絡みあっている」
「そう、それです」
ミモの輪郭が一瞬光沢を放った(気がした)。
「わたしがエイジさんのお住まいにうかがったのも、そんなところなんです」
栄二は5秒ほど固まったのち、ふむとうなずく。防戦一方なのは後手にまわったせいばかりではない。
「つまり、居候を申しでているということ? 迷いこんできた仔猫みたいに」
「そう、それです」
ミモの中心が一瞬閃光を放った(気がした)。
「わたしは迷い猫みたいな、そんなようなものなんです」
栄二は10秒ほど考えこむ。
ここはひとつ、坐禅でもしたいところだ。いまならどこかに到達するかもしれない。
「あっ、でも、モテモテのエイジさんのお邪魔をする気はないのです。お邪魔しますと入ってきましたけどね」
ミモは小刻みにふるえる。
「雨宿りにくる鳥の群れのようにガールフレンドが集まってきても、だいじょうぶですので」
「へぇ……」
まっさきに懸念していたことをいわれたので、栄二は面喰らうものの顔にはださない。
「なんでまた断言できるの?」
アパートに勇んで入ってきて、ミモのような謎の物体がゆれていたら、並大抵の女子なら悲鳴のひとつもあげるかもしれない。
「まァ、そのくらいは折込済みというか、そのくらいの情報格差はあたりまえというか」
ミモは訳知り顔の専務のようにつぶやく。意味はわからないけれど。
栄二はしばらくミモをみつめて黙る。
ミモも黙ってゆれていた。暖房は強めだが、冬の空気は冷たい。
栄二はしかたなく、うなずいた。
「それで、あえて資金力のないオレのところにくると。まァ、かまわないけど」
ミモが一瞬、七色に波打ち、落ち着いた。
「猫は迷いこむとき、相手のふところ事情なんて気にしないものです。そもそもお話ししたとおり、わたしはお金とは無縁の存在です。それではよろしくお願いしますね。そろそろ寝ましょうか。明日はバイトでしょう? わたしはここで結構ですのでお構いなく」
夜は始まったばかりだったけれど、栄二はシャワーを浴びてふとんに入った。
入らざるを得なくなったに近いが、あまり気にしない。
ミモは円卓について、ずっとじっとしていた。もしかしたら寝ていたのかもしれない。
寝入ったつもりもないまま朝になり、栄二は起きぬけに驚いた。
こんなことはそうそうない。
なぜなら、居間の円卓にたまごやきとみそ汁と炊きたての白米がならんでいたからだった。白米とみそ汁は茶碗とお椀で湯気をたてている。
「おはようございます。居候としてこのくらいは、と思いまして」
部屋の敷居に栄二が立ち尽くしていると、ミモが台所から現れ、箸を置いた。
「みようみまねで恐縮ですが」
みようみまね……。
栄二は招かれるまま円卓に坐り、「いただきます」と応えてひとくち頂いてみた。
みそ汁は出汁がきいていて、白米はほど良い噛み心地で、たまごやきは隠し味がありそうだった。
栄二は咀嚼しながらミモをみつめる。ミモとしてはあいかわらず謎の物体のままだった。
「冷蔵庫に期限の近い鮭があったので焼いてみようか検討したのですが、つぎにしてみます」
ミモは妙に野心家のようだし、どうやら栄二に気に入られようとしている。
栄二は「あまりお気遣いなく」と応えたのち、「ごちそうさま」と完食して身支度をすると、「今日の午後は風が強いみたいだから厚手のコートが必要ですよ」というミモに見送られるままバイトにでかけた。
冬本番せまる12月10日、陽射しは強かったものの寒く、バイトの終わる夕方には北風も吹きつけ、栄二はコートに包まるようにして帰宅した。
宣言どおり、ミモは「おかえりなさい」とともに焼鮭定食を提供してきた。
「どうです、なかなかうまく焼けたと思うんですが、いかんせんわたしは食べないもので」
箸で皮をとりながら、栄二は目を細め、身をつまむとひとくち頂いた。
「免許皆伝」
ミモは照れたのか、うにょうにょと夜明けまえの空のような色になってゆれた。
「エイジさんはふだんはお酒を召しあがりませんか。冷蔵庫に冷えたビールなんかがありますけれど」
「そうね、来客があるときぐらい」
「鬱憤とかたまりませんか、お仕事とか、人間関係とか」
「まァ、それはそれ、これはこれ」
ミモはぽわーっと中心から外がわに向かって赤味がさした。酔った部長みたいに。
「エイジさんはおモテになられるのに、それを鼻にかけないですし、動じないというかなんというか落ち着いていてえらいですね」
栄二は緑茶のコップに口をつけながらうなずく。
「爺ちゃんの流儀だね。何事もフラットなんだよ、基本的に。モテても恥ずかしいことはあるし、モテなくても恥ずかしくない。
「お金があっても恥ずかしいことはあるし、お金がなくても恥ずかしくなんかない」
「そう。焦らず、煽らず、迷ったら坐れ」
ミモはぽわわんとうれしそうに紅白に点滅した。




