37.預言者マスリマ
「どういうことだ?」
俺が言うと、血の気の多そうな若い奴が前に出た。
「聞いた通りだ!ここには勇者はいらない!」
いきなり喧嘩腰だ。2年前までそんなことはなかったと思ったが…一体何が起こっているんだろう?
「そんな突然…」
「帰れっ!」
俺に喋るいとまも与えず、若い男は今にも飛びかからんばかりの勢いで怒鳴り返してくる。
「落ち着け!」
ガタイのいい初老の男が、その体躯に見合わぬ大きくドスの効いた声で一喝すると若い男は舌打ちして一歩引いた。どうやらガタイのいい男はこの15、6人の男達より格が上のようだ。俺は馬車を降り、ガタイのいい男に近づき話を続けた。
「今までも2年に一度、俺はここに来てリミッターに魔力を注いできた。ここへきて急にそれはいらないというなら何か理由があるんだろう?」
ガタイのいい男がゆっくりと口を開いた。
「マスリマ様のお導きだ。」
「マスリマ?」
耳慣れない名前に俺が聞き返すと、また後ろの若者達が騒ぎ出す。
「なんだ!?呼び捨てとは失礼な!」
「だから落ち着け!馬鹿者が!」
そしてまたガタイのいい男が一喝。
「何者なんだ?マスリマ様とは。」
「預言者だ。昨年この地に降臨なされた。」
ああ、このパターンか…この国は王と勇者が広く偶像として崇拝されているが、他宗派もいるにはいる。時々出くわすことはこれまでもあった。しかし、こんな信仰は二年前にはなかった。随分と信仰され始めてから日が浅い。所謂新興宗教というやつだ。
「その、マスリマ様は何と言っているんだ?」
ガタイのいい男は、厳かな口調で語り始めた。
「昨年、この町で魚が獲れなくなってな。漁法を変えてみたりもっと遠洋まで出たりと色々やったんだがな…。そんな時、マスリマ様が降臨なされた。マスリマ様はこの町に来てまず病に臥した者を全て癒した。」
「それは回復魔法では?」
ミリアムさんが憮然とした口調で口を挟んだ。
「確かに回復魔法だと言ってしまえばその通りだ。ただ、一瞬でこの町から病に苦しむ者がいなくなった。そんな回復魔法はワシのような年寄りでもお目にかかったことはない。回復魔法だとしても人間離れしているとは思わんかね?」
「ふうん…まあ、それは、そうとも言えなくはないがね。」
自信家のミリアムさんが悔しげに受け応えているのをロッドがニヤニヤと笑ってみていた。
「私のように全ての魔法に精通している天才的な魔法使いは稀だが!一つの魔法に特化して能力を高める者はこれまでも見てきたがね!」
「ふひっ…ひひ…ふぁっ!」
ミリアムさんの言葉にロッドがついに笑いを堪えきれなくなった時、ミリアムさんの魔法で宙に浮かされた。何となく調子が狂う。
「あー…えーと…確かにすごい魔法使いなのはわかったが、預言者だと言ってたよな?何の予言をしたんだ?」
「マスリマ様が来て20日が経った頃、急に東の森への道を魔法で閉したんだ。東の森にはこの町の主食となるダリウムの実が自生している。町の者は、そりゃあみんな腹を立てた。だが、その二日後、東の森から山火事が起こり、三日間かけて焼け落ちた。マスリマ様が東の森への道を魔法で閉ざしていなかったら、多くの怪我人や死人が出ただろう。それからみな、マスリマ様のご意見を伺い、従うようになったのだ。」
なるほど。それは確かに予言に見える。しかし、俺が気になったのは、それなら魔法で火を消しても良かったのではないか…更に邪推するならば、そもそもその火は一体誰がつけたのか…と言うことだった。
「なるほどね。で?マスリマ様は俺について何と予言したんだい?」
「魚が獲れなくなったのは、リミッターの魔力のせいだと。」
「それはおかしいだろう?俺た…俺は三十年間ずっと同じことをしてきている。それがここへ来て急に俺がリミッターに注いでいる魔力のせいで魚が獲れなくなるなんて事が起こるのは。」
ガタイのいい男の目に猜疑的な光が宿った。
「マスリマ様は、二年前からあなたの魔力が邪気で濁り始めた…とおっしゃっている。」
魔力が邪気で濁る。また新しい概念だ。そう言うのもあるのか?魔力のない俺には判断がつかない。しかし、ミリアムさん、ロッド、そして当の勇者であるジュードの顔を見ても、皆首を傾げていた。




