36.子うさぎ
ミリアムさんの魔法で傷は治してもらったが、大きく消耗してしまったジュードはまだ完全には回復できていなかった。代わりに俺が馬車は俺が走らせていると、のそのそと俺のいる御者台まで這い出たロッドが隣に座った。
「兄ちゃん、どえらい事考えたなあ。」
ニヤニヤと笑いながらロッドが言った。
「そうなのか?普通じゃないか?大元に責任とってもらうのは。」
「いやまあ、それはそうかもしれないけどよ…ふっ…くひひひ…。」
ロッドは思い出してまた笑いが込み上げてきたようだった。そんなに笑うようなことを俺は言っていたのか?
「なんなんだよ?」
「いやぁ、今まで、俺はミリアム婆さんに言われて魔法科学推進派の仕事もやってきてたけどよぉ、あいつらだって勇者システムに納得できずにいたのに、誰も国をどうにかしちまおうなんて考えてなかったんだよ。それをよりによってそのシステムの中心がさ?終わりにしたいから返そうって言い出すなんてさ、いや、兄ちゃん、マジ勇者。」
いや、俺は偽物だ。そんなに思い切ったことを言ったつもりはなかったんだが、そんなふうに言われると恥ずかしくなってくる。
「そんなすごいことしたいわけじゃないよ。俺はジュードに普通の生活をして欲しいし、俺ももうマナを待たせるのは…。」
「マナって彼女?!前言ってた!」
期待に燃えた声と共に馬車が大きく揺れた。
「うわあっ!ジュード!お前マジでこういう話だと勘働き魔物以上じゃねーか!」
寝ていたと思ったジュードが御者台に姿を現した。
「そっかぁ。兄ちゃんそうなんだなあ。」
ジュードは御者台にどっかと腰をかけて嬉しそうに笑っている。
「えっ!彼女?どんな人?ジュードも知らないのかよ?聞きたい聞きたい!」
ドレスの裾をたくし上げ、ジュードの居場所を作るために少し座る場所をずらしながらロッドも追い打ちをかけてきた。お前もか。めんどくさい。俺はため息をついた。
「ロッドも同調してんなよ。暇なのかよ?お前らはよ…。」
ジュードは俺の声など耳に入らないようで、ずっと拳を握り締め呟いていた。
「そっか。よし!俺、頑張る!頑張るわ!」
なんだか1人で張り切ってる。そんな姿見るのは子どもの時以来だ。いや、子どもの時だって気が弱くて泣き虫で人見知りだったジュードが元気いっぱい張り切っている姿を見ることは数えるほどしかなかった。俺はふと思い出した記憶に知らずに顔が綻んだ。ジュードがうちに来て半年くらい、まだ俺にもそれほど懐いていない時の事だ。俺とジュードは親父に言われて森に山菜を取りに行った。俺には勝手知ったるいつもの山道だったが、ジュードは4歳になったばかり、都会からきてまだ半年しか経ってない。よちよちおどおど歩くその小さな歩幅には森の道は険しい。
「大丈夫か?ジュード。ほら、兄ちゃんと手を繋ごう。」
俺がそう言って手を差し出しても、気の弱いジュードは怯えて手を握り返すこともできない。
「だ、だいじょぶでス…。」
消え入りそうな小さな声で答えた側からコテンと転んでいる。
「あ…あっ。」
転んだままジュードは起き上がらない。
「おい、大丈夫?」
倒れたままジュードは一点を見つめ、わなわなと震え出した。
「あ!ど、どうしよう…にいちゃん…あの、あれ、ど、どうしたら…。」
さっきとは違うはっきりとした声。そして、多分初めて聞いたジュードの怯えていない声。
ジュードの視線の先には小さな生き物が蹲っていた。真っ白い。これは、子うさぎだ。死んでいるのか?生きているのか?よく目を凝らすと弱々しいが腹が動いていた。生きてる!
「ねえ…に、にいちゃん…。」
「お、あ、と、とにかく家に連れて帰って父ちゃんに聞こう!」
俺はリュックからタオルを出して子うさぎをそっと包んだ。
「あっ…。」
俺が子うさぎを抱き上げようとするとジュードがおずおずと両手を差し出した。
「ジュード、こいつは…。」
俺は言葉の接ぎ穂を失った。こんなすぐ転んでいるやつに弱った子うさぎを抱かせて、家まで連れ帰らせることができるのか?でも見つけたのはジュードだし、いつもビクビクおどおどして目を潤ませているジュードが自分から手を伸ばしている。
「お前が家まで抱っこしていくんだよ?強く抱きすぎてもだめだし、そっとしすぎても落としたりしちゃうかもしれない。ちょうどいい力で抱っこできる?」
ジュードはもげるんじゃないかってほど首を縦に何度も振った。
俺は頷いてジュードに場を譲った。ジュードは、そろそろと手を伸ばし、そっと子うさぎを抱き上げた。俺はよちよちおどおど歩くジュードが転びそうになったらいつでも支えられるように肩に手を回した。
「うさしゃん、がんばれー。がんばれー。」
小さな声で、でもしっかりとした発声で歌うように呟きながらジュードは一度も転ぶことなく家に帰った。
「多分親から逸れて、おっぱいがもらえなくてお腹を空かせていたんだよ。」
帰ると親父が人肌に暖めたミルクを子うさぎに飲ませた。子うさぎは貪るようにミルクを飲んだ。
「よかったねえ。うさしゃん、よかったねえ。」
ジュードはニコニコしながら子うさぎを見守った。
「ジュード、おじさんは牧場の仕事があって忙しい。この子の面倒は君が見てくれるかい?」
親父がそういうとジュードは小さな手をギュッと握りしめて答えた。
「がんばる!ぼく、がんばる!」
それからジュードは甲斐甲斐しく子うさぎの世話をし、元気になった子うさぎは、ジュードがいなくなった後も、天寿を全うするまでうちの家族の一員として一緒に暮らした。
「何、ニヤニヤしてんの?」
ロッドが俺に言った。
「いや、昔のこと思い出して…おっと!」
ふいに道の真ん中に現れた人影に俺は手綱を引いた。
「何だ?」
そう思う間にも1人、また1人と人は増えていく。15、6人も集まっただろうか。全員がまっすぐこちらを見ていた。
「勇者様御一行であられるか?」
最初に路上に出てきたガタイのいい、初老の男が俺たちに向かって大声を張り上げた。
「あ、ああ、そうだけど…。」
「リミッターに魔力を注入しにいらした?」
「そうだ。」
少しの間とざわめき。静まるとまたガタイのいい初老の男が声を発した。
「ここでは必要ない。帰ってもらえぬか?」




