35.返してやる
それは壮絶なんてもんじゃない。父である国王に、己が野望のために魔力の苗床にされ、苦痛の中で人の心を失い、憎しみと、怒りで増幅し続ける魔力だけを持った王子。それは地獄。地獄がそこにあった。
魔物がその壮絶な生涯を語り終えると、ガクリとジュードは膝から崩れ落ち、その場に倒れた。
「あっ!おい!」
俺はジュードの元に駆け寄り、その身を抱き抱えた。体中血まみれになっていたが、傷口からもう血は出ていない。それでも大量の血を失ったジュードは青ざめた顔をして、呼吸は浅くか細くなっている。
「ジュード!」
死んだりしないよな?くそ、また俺はジュードに辛いことをさせてしまった。
「ごめん…ジュード、無理をさせてしまった…。」
ああ、くそ。どうすればいい?頭の中はぐるぐると後悔の念だけが駆け巡り何も考えられない。
「オリヴァーくん。気に病むな。私が何とかするから。」
ジュードを抱き抱え、何一つ身動きの取れない俺にミリアムさんが言い、回復魔法の詠唱を唱えた。ジュードの体中に這う赤くぬらぬらとした人間の内側を晒している傷口は徐々に塞がり、後には傷跡だけが残った。
「う…ん…。」
ジュードの顔に赤みが差し、呼吸も少しずつ力を取り戻していた。
「ジュード!」
ゆっくりと瞼が持ち上がる。よかった、死んでない。とは言え、懸念が全て消えたとは言えはない。
魔法で眠らされていた間の記憶はどうなっているのか?魔物の語ったあの悍ましい生涯はジュードにも届いているのだろうか。
「ミリアムさんが魔法でお前を眠らせていたんだが…大丈夫か?」
「ディアブロ・アリステリア…。」
「何だって?」
ボソっと呟いたその一言で俺は察した。ジュードも魔物の生涯を知っている。己にも大きく影を落とす話を。知らない方がいいような悍ましい物語を。本当にすまないことをした。
「この国は狂ってる…。」
ジュードはどんよりと曇った目をして呟いている。俺はジュードを抱きしめた。
「ごめん。俺が浅はかだった…。」
ジュードの体が小さく震えていた。それを目にしたミリアムさんも気づいてさあッと顔が青ざめた。
「君が追体験する形になってしまったのか!それは申し訳なかった…私の読みが甘かった。記憶を書き直す魔法がある。もしよければ…。」
そういうとミリアムさんは魔導書と杖を手にして魔法陣を描こうとした。ジュードの震える手がそれを止めた。その手の甲に大粒の涙が落ちた。
「いや、悪いのは俺だよ。ミリアムさんは俺に従っただけだ。ジュード…本当にごめん。」
「いや、違うんだ、兄ちゃん…謝るのは俺の方だ…。」
ジュードの目から大粒の涙がはらはらと零れ落ちた。
「俺と兄ちゃんは殺される。」
今は魔物はまた眠っている。魔物はジュードに置き土産をしていった。記憶という名の最悪の置き土産。
あまりにも話が重すぎて、イーティシアに向かう前に話し合う必要がある。みんなそう感じていた。俺はめちゃくちゃになった朝食を片付け、コーヒーを入れ直した。
「魔物は洞窟に続く魔界から来た生き物ではなく、過剰な魔力に晒された生き物だった。それならオリヴァーくんとジュードくんがウェティシアで出会った猫も納得がいくし、鮫人間達のことも納得がいく。差し詰め、勇者が討伐したと伝説化されているのは魔力に耐えられなかった紋様を持った人達ってところだろうね。」
ミリアムさんが腕組みをしてソワソワと歩き回りながら状況を整理した。
「でも俺とお前が死ぬってのはどういうことだ?」
俺は、両手でコーヒーカップを持ち、鼻をぐずぐずさせているジュードに向き直った。
「勇者は殺される。」
それは俺も予想していた。記録の残されていない勇者の晩年の姿。国の秘密を知る唯一の存在。生かしておく理由はない。
「少なくとも俺は確実に殺される…いや、殺されるという言葉が合ってるのかな…魔物の一部にされるんだ。そうやって魔物の怒りを増幅させて魔力を高めているんだよ。」
ジュードの目はまた涙で潤み、コーヒーカップを取り落とし、俺の肩を強く掴んだ。
「そうやって秘密を守ってきたんだ。だから兄ちゃんも多分殺される!知ってしまってるから…俺の巻き添えで殺される!ごめん!本当にごめん…。」
大きな体をくの字に曲げてジュードは身を震わせた。
「あの時…俺なんか助けなかったら…。」
それだけは言ってくれるな。それを言われたら俺の人生が否定されてしまう。
「何言ってんだ?あの時助けないような人間だったら俺は人として死ぬだろ?」
無言で思案げな顔をしていたロッドが口を開いた。
「しかしよ、ディアブロ・アリステリアなんてもう一千年以上過去の王様だろ?もうこんなことする必要ないじゃないか。何で続けているんだ?」
「続けていることで今の国の在り方があるんだろう。」
ミリアムさんがそれに答える。
確かにそうだ。己の名を冠した国があり、己が一族が国王として君臨し続け、己の描いたストーリーが語り継がれている。
「怖…。」
ロッドがボソッと呟いた。
怖い。確かに怖い。その執着が。その執念が。そんな薄気味悪い成り立ちで千年以上もあるこの国が。
「ジュード、顔を上げろよ。泣くな。」
洞窟をリミッターで完全に抑え込めば俺達の役割は終わる。しかしこの土地は魔力が地下水のように地中を流れている。それは言わば、自然の理、変えることはできない。でも、変えられるものが一つある。
「俺が全てこの国に返してやる。」
「オリヴァーくん。」
「イーティシアだ!イーティシアにすぐ行こう!」
自分達の永劫の繁栄のみに捉われたこの一族なら変えられる。
「とびっきりの依代を作るんだよ。アリステリア国王っていう名の依代をな!」
「オリヴァーくん?!そんなこと…。」




