33.魔物
「いい度胸だな?俺を解放するなんて。」
ジュードは…いや、ジュードの中のあいつがジュードの声帯で、ジュードの声で言い、燃える右手をミリアムさんに向けた。
「ミリアムさん!」
気がついたらあいつに剣を向けて、あいつとミリアムさんの間に立っていた。
「あの時、そして30年間何もしてこなかったお前が俺に勝てると思うか?」
さすが魔物だ。俺の心の暗いところをついてくる。
「オリヴァーくんは君と争おうとは思っていないよ。ねえ?そうだろう?」
出し抜けにミリアムさんに言われて俺は戸惑った。
「ん?まあ、そうなるのか?」
俺は国に復讐したいと思っていて、そのために魔物を自分に取り込む、確かにその考えは魔物とは争わない?でも、俺は体は明け渡す気はない。そこでやはり相容れないのでは?俺が迷っている隙に魔物の右手から青白い炎が吹き出した。
「しまった!」
俺はミリアムさんを抱き抱え、身をかわしたが、服の一部が燃え上がった。
「オリヴァーくん!」
ミリアムさんがすぐに詠唱を唱えてくれたので大事には至らなかったが、その炎からでも魔物の憎悪の念がビリビリと体に響いてきた。魔力も何もない、ただの牛飼いの俺でも感じ取れるほどの憎悪…それを30年間体内に留めているジュード…2人とも強すぎる。
「争いたくないなんて誰でもが思っていたさ!でも争う他に道がないだろうがっ!」
魔物は叫んだ。
「何だって?」
争いたくないなんて誰でもが思っていた…誰でもって誰だ?魔物は…やはり…。そういうことか。
「魔物!話を聞かせてくれ!お互い腹を割って話してみようや!」
俺は装備を全て外し、その場に座り込んだ。もし、俺の想像が正しければ、こいつは完全に無防備で心を開いている人間に攻撃はできない。
人とはそう言うものだ。
人。
そうだ。こいつは人、人間だ。
正確には人間だったもの。
「人と人とのつながりはまず対話からだろ?」
俺が言うと魔物は右手を下ろした。
「貴様、いつ気づいた?」
「完全にそうだと思ったのは…今のあんたの言葉だ。でも違和感自体は、それこそ三十年前、ジュードを救えなかった時からずっと抱いてたよ。だってさ、おかしいと思わないか?勇者の誕生と活躍は語り継がれていても、勇者の末路を誰も知らない。ただ、いなくなったら次が現れるとしか語り継がれていない。俺はジュードのために、何とか知ろうとしたんだ…勇者がお役御免になった後に幸せに暮らしたという記録をさ。でもそんなものはなかった。勇者はただ消えるんだ。おかしいじゃないか?それが…今!30年!30年かかって、やっとそこが繋がったんだよ。」
30年前にジュードを救えなかった罪の意識から、1人で背負えばいいと思い込んで、30年もかかる道を選んでしまった。その後悔は重くのしかかり、懺悔のように俺の口を動かした。
「俺たちは一度も魔物に会ったことはない。お前以外はな。本当にいるのかすら疑問だった。何で会わないんだ?リミッターがあるから?でもリミッターは力の強い魔物しか抑えられない、その上俺達はリミッターの力が弱まるタイミングで旅をしている。魔物と邂逅してもおかしくないはずだ。それなのに会わない。いや、俺たちだけじゃない。最後に魔物に会った勇者がいつ頃の勇者か、もう記録にすらないんだ。」
「だが、五十年前には出ているよ。」
ミリアムさんが口を挟んだ。
「あの温泉だな。人里から離れたところにある…。実は今回初めて俺達もウェティシアで魔物に出会っているんだ。やはりそいつも人から隠れていた。まるで魔物が人を恐れているかのように…。おかしいじゃないか?魔物は人を襲うんじゃないのか?なぜ隠れる必要がある?」
俺は魔物のゆらゆらと赤く光るその目を見て言った。
「なぜそれを俺に問う?」
「それはあんたがジュードを殺せないのと同じ理由なんじゃないのか?」
「殺せないだと?馬鹿馬鹿しい!そんなのはお前の願望だ!今すぐ証拠を見せてやろうか?!」
そう叫ぶと魔物の体から血が吹き出した。
「オリヴァーくん!これではジュードくんが!」
ミリアムさんが魔法陣を描こうとしている。
マズい!目論見違いだったか?俺の手は剣を求めた…が、途中でその手を止めた。
「ミリアムさん、ジュードを信じよう。」
「オリヴァーくん…。」
ミリアムさんが苦々しい顔で魔法陣を描く手を止めた。
「さっき、ミリアムさんが言った通り、俺はあんたと争う気はない…あんたは魔物じゃないからだ。」
鮫人間達は陸地にいた時に魔物なんていなかったと言ってる。いなかった者が現れ出したのはアリステリア王が誕生してからだ。
つまり、そう、こいつは。
「勇者なんだろう?」
さらに言うなら…勇者だった者、だ。
俺の言葉でジュードの体中から吹き出していた血が止まった。魔物は俯いて黙っていた。俺も黙ってただ答えを待った。
「もう覚えていない…。」
しばらくののちに、魔物がゆっくりと噛み締めるように答えた。
「ただあるのは人間への憎悪だけだ。」




