23.鮫
南に進むにつれ、空気から水分が減っていくように感じる。暑いは暑いが、乾いた暑さであんまり嫌じゃない。
「いいなあ。俺、サウティシアが1番来て嬉しいぜ。ノーティシアと空気が全然違うんだよな。」
ノーティシアは冬は雪に閉ざされ、夏は夏でジメジメと蒸し暑い。そのおかげで農業はしやすいが人間は暮らしにくい。
「俺、サウティシアって来んの初めて。」
ロッドが言った。
「へえ!意外だなあ。こういう明るい町は似合うと思うんだが。」
ロッドがモジモジし出した。
「確かに、嫌いじゃねーよ…でも、その、こういう所の可愛い服って布面積が狭いじゃん…流石に俺でも着るのは勇気がいるっていうか…。」
それならそれを着なきゃいいだけで、サウティシアに来ることまで諦めなくていいのに。
「兄ちゃん。海だよ…左側。」
馬車を駆るジュードの嬉しそうな声が聞こえた。言われて左側を見ると空より青い海の水面に金色の日差しが輝いているのが見えた。遠くでイルカが跳ねている。
「はぁ〜…いいなぁ。なあ!少し海岸に出られないか?」
ジュードが眉間に皺を寄せ、俺を睨む。
「だから兄ちゃん、遊びは…」
「八割…だろ?」
「…だな!」
ジュードは、にっと笑って手綱を引き、馬車を左に向けた。その笑顔は三十年前と変わらない笑顔だった。
「この辺はまだ観光客はいないんだなぁ。」
ロッドが海風に煽られるドレスの裾を抑え、波打ち際で水を蹴りながら言った。
「この辺は未開発なんだ。噂では、鮫が出るから。」
俺は言った。
「さめっ?!」
ロッドは驚きの声を上げ、あたふたと波打ち際から離れようとした。
「あっ…で、でも、一度も見た事ナ」
言い終わるか終わらないかのうちにビーチの砂が大きく吹き上がり、ジュードの姿が消えた。
「ジュードっ!?」
後に残ったのは砂から突き出た三角の黒い影だった。
脳の理解が追いつかず誰もが呆然と立ち尽くしていた。黒い三角の影がビーチを滑るように遠ざかっていく。
「待て!ジュードを返せ!」
すぐさま俺は追いかけたが、乾いた砂浜は一歩足をつく度に足にまとわりつきずっしりと重くなる。
「あれは…鮫だ。」
ミリアムさんが呟いた。
「鮫ぇっ?!鮫って水に出るんじゃないのか?!」
乾いた砂と格闘しながら、ミリアムさんに振り返り俺は叫んだ。
「そのはずだ…つまり、あいつは鮫に似た魔物なのかもしれん。」
また魔物?この三十年で一度も会うことがなかったのに今回はやたらと魔物に会う。しかもウェティシアで出会った魔物は特に害をなさなかったが今回は違う。
明確にジュードを狙ってきた。
やはり魔物を抑えきれていないのが原因か?
そんなことを考えながら、乾いた砂を蹴る。砂の色が変わり、足がふと軽くなった。波打ち際だ。
鮫はそのまま海に出た。
「くそっ!仕方ねえ!」
俺は勇者らしく見せるためにお飾りで持たされている剣を抜いた。
「君は牛飼いだろ?そんなもの扱えるのか?」
ミリアムさんが叫んだ。
バカにすんな。俺は弟を守るためなら何だってしてきた。この無駄にムキムキの体は牛を飼ってるだけでついたものじゃないんだ。
「ぅおりゃっ!」
俺は剣を振り上げ、海に向かってジャンプした。しかし、砂のせいであと腕一本分程度距離が足りない。
「くそっ!届かねえっ!」
「任せろ!」
そう言ったのはミリアムさんだ。
ミリアムさんはサッと中空に魔法陣を描き、俺に向かって放った。魔法陣は俺を包み込み、俺の背中に羽が生えた。
「うぉ?!マジか!」
俺はそのまま鮫目掛けて突っ込んでいったが、その時ジュードが水面から顔を出した。
「だだ、だめ!兄ちゃん!こっ殺さないで!この人は人間だよっ!」
ジュードがこんなに大きくはっきりと物をいえるなんて!
「ジュード!お前、大きな声出せるじゃないか!頑張ったな!すごいなあ!」
俺はそのまま海に飛び込み、ジュードの頭を撫でた。ジュードが大きな声ではっきりと物を言った嬉しさで忘れていた。俺は勇者の装備をつけている。
「兄ちゃん!」
沈んでいく最中、俺は信じられない光景を目にしていた。
そこには都市が広がっていた。




