18.アレッサ
「我がウェティシアへの御遠征、誠にありがとう存じ上げます。わたくし、この度、勇者様がいらっしゃったという事でご対応させて頂く事となりました、アレッサ・ナイマンと申します。よろしく御願い申し上げます。」
目の前にいるのは、黒スーツに身を包み、きっちり45度でお辞儀をしている、まさに、これぞ、ウェティシア!というタイプ。
「急な訪問にも丁寧な対応、感謝します。」
俺は自分で一番爽やかだと思う笑顔で右手を差し出した。アレッサも握り返す。手が大きくて握力が強い。背も高く、体もガッチリしている。
「滅相もございません。わたくし共、国立魔法科学研究所も勇者様には是非とも日々の研究の成果を御確認頂きたいと存じ上げております故。」
「寛大なお心遣い感謝…するよ。」
初めて会う勇者対応担当者だが、今までウェティシアで出会ってきた堅苦しい人間の中でも断トツに堅苦しく、俺は居心地がどんどん悪くなり、何とか打開しようと敬語をやめてみた。
「恐縮にございます。僭越ながら本日は御時間の御都合は如何様でございますか。御時間の御都合が宜しかったら、弊研究所を御案内致したいと存じ上げます。」
くっ…ダメだ。鉄壁の謙譲語。多少はつられてラフな口調になるかと思った微動だにしない。もうこうなると堅牢すぎて崩せる気がしない。
「アレッサ。お前はよく舌を噛まずにそれだけペラペラと敬語で喋れるもんだなあ。」
気まずい空気の中、ドアが開きミリアムさんが入ってきた。
「お…ミリアム様、おはようございます。勇者様の御前です。その様な態度は慎んで頂けるよう御願い申し上げます。勇者様、此方は弊研究所、魔法受動体研究室最高責任者のミリアム・ステッドリーでございます。」
最高責任者?最高責任者って言ったか?確かに魔法の技術も知識も見上げたもんだけど、それを上回る自己肯定感といい加減さを持つミリアムさんがなれちゃうの?
「えっ!?ミリアムさん!マジか?そんな偉かったの?」
「だから何度も言っただろ?私は稀代稀に見る天才なんだぞ?それくらいの地位当然だろう。」
だからそういう物言いが余計に疑わしくなるんだって。
「いや、確かに何かと魔法すげーし、色々助けてもらってるけど、毎回いちいちいうから、あー、鉄板ネタなのかなーくらいで、あんまり真面目にとらえなくていいとこなのかな?みたいな…。」
わあわあ言ってる俺達を仕切り直す様にアレッサが口を開いた。
「ちょっと、おばっ…いや、ミリアム様?これは一体…ゴホンっ…どのような御関係でいらっしゃるのか御説明お願いしてよろしいでしょうか?」
アレッサが言葉を発したのと同じタイミングでミリアムさんの大荷物を持ってロッドも入ってきた。
「婆さんっ!自分の荷物持たせてんだから少しくらい俺を気遣えよ…あれ?アレッサちゃん。久しぶりだねー。」
どうやらこの二人も面識があるようだが、アレッサの顔つきが変わった。
「変態ロッド!またあんたもおばあ…ミリアム様と一緒なの?二人で何しようと企んでるんだ!?」
「なー、アレッサちゃんよー。そこまで出てるならもう、おばあちゃんって呼んでもいいんじゃね?」
おばあちゃん?ってことは、孫ってこの子か!俺はロッドの言葉に驚いてミリアムさんをみた。
「えっ?」
「私の孫だよ。」
なるほど、それで合点がいった。朝の堅苦しい人間への理解度は孫を見てのことだったんだ。
「なんだよ…企んでるってさあ…俺はミリアムの婆さんに頼まれたから来ただけで…。」
もそもそとロッドが口を開く。おかしいな…ロッドが変態と言われても怒らない。むしろ曖昧な笑顔で目を逸らしてる。流石にこれは、男女のことに鈍感な俺でも疑う。もしかして、二人はジュードが起きてれば喜びそうな関係なのか?と。それにしても、なんかジュードってそういう話好きだよなあ…どこで覚えてきたんだろう。
「アレッサ。私は所長に話をしたい事があるんだ。その間に勇者様を案内してくれ。」
ミリアムさんの言葉にアレッサはスッと仕事モードに戻った。
「かしこまりました。」
「それから…勇者様と話す時はもっとフランクな感じにしてくれ。勇者様は堅苦しいのがお嫌いだ。」
「かしこまり…わかりました。」
堅苦しいのは態度だけで、どうやら頭は柔軟なようで安心した。やはりミリアムさんの血縁だ。
「えー?俺は?俺は?」
ロッドが口を挟む。
「あんたはどっか行って!」
何でこの二人こんなに気まずいの…。
「あー…いや、えと、じ、じゃあ俺と一緒に来てもらおうか…。」
「うわぁ…最悪。」
二人は声を揃えていった。一体何があったんだよ?ただでさえ、色恋沙汰に鈍感なのにこんな空気に放り込まれてる俺の方が最悪だよ…。
「では此方にどうぞ…エントランスから続くこちらのラボは主に最新の魔法技術に纏わるもので…」
しかし、空気は気まずいが、研究所内は最新の魔法技術が所狭しと肩を並べているし、色々な設備も整っているしで見ていて楽しい。
「ロッドは見慣れているんだろ?」
「まあ…でも、結構魔法技術って変化が激しいからな。何回来ても見飽きるってことはねーよ。」
ロッドは今日もピンクのドレスを着ているがその内面は職人そのものだ。
アレッサがある部屋の前で足を止めた。
「勇者様、こちら、最新の水属性の研究室となります。現在、国のインフラを全て賄っているその高い技術を是非ともご覧いただきたいも思いますがいかがでしょうか。」
「ああ、是非よろしく頼むよ。」
俺が答えるとアレッサはラボに入り責任者らしき人物に話しかけた。見学の許可をとっているようだ。何となく手持ち無沙汰になり俺はロッドに声をかけた。
「ロッドってアレッサと昔からの知り合いなのか?」
「ああ、俺、16でこっち来て職人やってんだけど、その時からなんかミリアムの婆さんに気に入られてて、よく一緒に仕事してたんだよ。アレッサは婆ちゃん大好きでさ。憧れててね、よくついてきてたんだよ。」
「ああ、それでか。」
「うん。でも13歳くらいになってからかなあ…あんまり来なくなってね。婆さんに聞いたら、あの子、魔力が全くなかったって…。」
「ああ…。」
この国の人間は13歳までに魔力が発動しなければ、一生魔力を得ることはない。
「あんなに婆さんに憧れてたのにさ。不憫に思ってそん時にいっぱい話聞いてやって…でもある時期からなんか冷たいんだよ。みんなみたいに変態ロッドっていうようになったし…まあなんか嫌われるようなことやっちゃったんだろうな…。」
ロッドはため息を吐いた。
「ゆ、う、しゃ、さ、まっ!」
ものすごい圧でアレッサが声をかけてきた。
「うえっ…は、はい?」
「ご見学いただく準備が整いましたのでこちらへどうぞっ!」
多分、ロッドと俺の話が聞こえてた。ラボの案内をされている間、空気はずっしりと重たく、責任者が嬉々として語る最新の魔導具による水質管理の向上や貯水管理などについての話は全く頭に入らなかった。
「ありがとうございました。とても有意義な時間となりました。」
それでもおとなだから、ちゃんと挨拶はする。
「いや!こちらこそ、勇者様に見ていただけて光栄です!是非とも国王様にもご報告いただければ幸いです。」
要は売り込んでくれってことか。これがミリアムさんの言ってた国に予算を出させるってやつだ。
ラボを後にして廊下を少し歩くと屋外に続くピロティのようなものがあり、ほのかにいい匂いがした。
「何の匂いだろ…。」
「あー…ここって敷地が広いだろ?だから簡単に外部に買い物に行けないから昼近くなると移動販売馬車が来るんだよ。」
俺の呟きにロッドが答えた。
「へえ。いい匂いさせてんなあ。」
「俺もちょっと喉乾いたしな、なんか適当に見繕って買ってくるわ。」
そういうとロッドは移動販売馬車の方へ走って行った。
アレッサは無言で傍に立っていた。
「なんかごめんな。」
「え?」
「いや、あんまり知られたくなかったのかなって思って…その…。」
「大魔法使いの孫なのに魔力がないことですか?」
「あー…うん。」
「大丈夫です。魔力がないと分かった時は落ち込みましたけど、おばあちゃんの力になれる今の仕事に誇りを持っているので。」
「ミリアムさんも君の仕事の大事さはよく分かってくれている、感謝もしていたよ。」
「そっ…そうですか。」
俺の言葉にアレッサはポッと顔を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
「ロッドも…その、気にかけているようだぜ?」
くそ…二人の間の蟠りを何とかしてやりたい気持ちはあるけど、こういうの、どう伝えりゃいいのかさっぱりわからない。アレッサの顔を見ると真っ赤な顔で眉間に皺を寄せていて、怒ったような顔をしている。こちらもさっぱりわからない。
「その…ロッドのことが嫌いなのか?」
アレッサの顔はさらに赤くなった。
「違…あ…いえっ!その、あの時…」
「勇者さーん!買ってきたよー!」
アレッサが言いかけた時、タイミング悪くロッドが戻ってきた。
「見てみて!これ!ローストビーフのサンドイッチなんだけど、肉の量すごくね?」
そう言ってロッドが見せたサンドイッチは、確かに肉の量がすごく、肉が溢れ、断面以外はほぼパンが見えない。
「すげえな!もうこれ、ただの肉じゃん!」
肉に気を取られてはしゃぐロッドと俺をアレッサは複雑な顔でただ黙ってみていた。




