14.猫
「なあ、機嫌直せって。」
ジュードが馬車から降りない。
「別に機嫌悪くなってないよ…行きたくないって言ってるだけ。兄ちゃんだけで行ってくれよ。」
馬車の中からジュードの震える声が答える。
「擁壁作るなんて、一人で持てる荷物の量じゃねーだろ。お前も来てくれないと困るって。」
沈黙の後、のそのそとジュードが馬車から降りてきた。口角が下がり明らかに不貞腐れた顔をしている。
「そんな顔すんなって。荷物運び手伝うだけでいいから。な?」
「もしかして、勇者オリヴァー様ですか?」
いじけるジュードを宥めていると、突然、背後から呼びかけられた。ああ、いつものやつか…と思い、作り笑顔で振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
「ああ…そうだが。」
勇者らしい爽やかな顔で微笑み答える。
「あの…ずっとお会いしたかったんです!ご相談したいことがあって。」
「相談?」
どうせ加護をくれとか祈ってくれとかそんなんだろう。今までも何人もの人にやってきた…ただの牛飼いの俺がうろ覚えの詠唱を唱えても、祈ってもなんの効果もないのにな。
「うちのペットのことなのですが…。」
「ペット?」
予想に反して妙に具体的なのがきた。
「ええ…一昨年、倉庫に迷い込んでいたのを保護してから家族として迎えているんですが…。」
相談したいと言いつつ、何となく判然としない言い方をしている。一体何なんだ?
「猫ですか?それとも犬?」
俺の問いに女性は目を泳がせ、しばらく考えた末答えた。
「…猫のはずなんです。」
「はず?」
眉根を顰めて黙り込む女性。変な空気で気まずくて黙り込む俺。何の時間だよ?これは。
「あのっ…ちょっと見てもらってもいいですかっ?!」
落ち着かずそわそわする俺に、意を決したように女性がはっきりと、きっぱりと言った。
半ば引っ張られるように彼女の家の倉庫に連れて行かれた。都市部からかなり離れた郊外の自然の多い区域に女性の家はあった。
「随分とまた、閑静なところに…。」
「うちの家業が魔法薬品の管理で、何かあった時の用心のために郊外でしか家を持てないんです。」
ああ、漏洩とか事故とかか。倉庫はそこからさらに木々に囲まれた小道を行ったところにあった。大きく堅牢な倉庫で彼女のペットはそこにいた。
「嘘だろ?これ…。」
俺は息を呑んだ。
「猫…?」
倉庫の中いっぱいに広がる体躯、確かに体は毛で覆われているが腹は固そうな鱗で覆われている。真っ赤な目が二つ、その上に青い目がもう一つある。耳は確かに猫っぽいがその脇には二本のツノがある。
「魔物…だよな。」
小声で言うとジュードも頷き、目は赤く光り出していた。それを見て三つ目の魔物はビクッと身を震わせ、耳はパタリと後ろに倒れた。
「ん?」
俺は牛飼いだが、動物は全般好きな方で、牧場では犬も猫も飼っている。子どものうちは猫と間違われていたと言うことは、猫に近い見た目とか習性があるってことだろうか?もしそうならこれは…怖がっている。
「あの!」
猫と言われた魔物を観察していると背後から女性が声をかけてきた。
「魔物は討伐対象…ですよね…。」
声が掠れ震えていた。魔物は女性に身を寄せ、鼻先をそっと彼女の頭に押し当ててる。これは、信頼だ。
「に…兄ちゃん…。」
ジュードが困惑している。
わかってる。魔物の怖さ、厄介さを身をもって知っているのに、この二人はまるで家族のように信頼しお互い愛情を持っている。でももし魔物が魔物としての本能に捉われる日が来たら…でも…くそ…俺が決めるのか…決めなきゃいけないのか。俺は偽物勇者なのに。悩む俺の目が部屋の隅にあるものを捉え、俺は決断した。
「こいつは…猫だ。」
「え…?」
「お前は猫だろ?もし、魔物ならここで討伐しなきゃいけなくなるんだが…猫だよな?」
「に、にゃあ。」
魔物がオドオドと鳴いた。
「な?大丈夫。こいつは猫だよ。お嬢さん、ただ、猫は室内で飼う方が安全だ。」
女性は呆気に取られている。
「絶対に外に出すなよ?もし、外に出てしまった時はまた俺に相談してくれ。」
「あ…ありがとうございます!」
「行くぞ、ジュード。」
深々と頭を下げる女性に軽く一礼して、その場を後にした。
「なんで殺さなかったの?」
「部屋の隅に家族が描かれた肖像画があった…黒いリボンがついてる、な。」
彼女は家業と言っていた。家の仕事を手伝っていると思ったが、両親は亡くなっているのだろう。それでも、仕事柄都市部に転居するわけにもいかず、家族の思い出と共に孤独にひっそりと暮らしていた。そこにあの魔物。あいつは彼女の孤独を埋める存在となっていた。そんな存在を殺せるか?
「でも、なんであいつこっちに来れたんだろう?」
ジュードが訝る。
「リミッターがあるから、あんな弱い魔物はこっちに来れないはずなのに。」
それは確かに不思議な点だ。だが、俺は少し思うところがあった。
「兄ちゃん?どこ行くの?そっちは反対だよ。」
俺は倉庫の裏手回ってみた。倉庫の裏手は更に木々が多くあり森と化している。ぐるりと目を走らせると、一箇所だけ薄らと切り開かれた場所があった。
「やっぱりな。」
「何が?」
追いついてきたジュードも目を向けた。
「あ…。」
ジュードの目が赤く光る。
「見えたか?」
「うん。魔力がここだけ強いね。魔物が何度も行き来していた痕跡だ。」
他の獣が縄張りや居場所に己の匂いを残すことでマーキングするように、魔物は魔力を残しマーキングする。いわばこれは獣道だった。
獣道を森の奥深くまで進むと思っていた通りのものが現れた。
「やっぱりな。あいつら、元々こっちに住んでたってことだ。」
木々が覆い隠すように茂った一角が平らに慣らされていた。あの魔物と同じ色の毛が落ちている。魔物が根城に使っていた痕跡だった。
「でも魔物が出たって報告があれば勇者に討伐依頼が来て殺されてるはず。」
「見つかればの話だろ。人を襲わず、この森から出なければ見つかることもない。」
「そんな…そんなこと…あるわけないっ!だって!こいつらいつも人を呪って、憎んで、殺そうと思ってるっ!できるわけが…。」
「お前の気持ちはわかる。ずっとしんどい思いさせられてるんだからな…でも、人間だってそうだろ?いい奴もいれば悪い奴もいる、だろ?」
「嘘だろ…そんなこと…だっ…」
ジュードの言葉を遮るように木々の揺れる音がした。
振り返ると、あの猫の倍はあろうかと言う魔物の姿があった。
「くっ…!」
ジュードの目が赤く光り、体から血が流れ出す。
しかし、魔物は一瞥をくれると木々の更に奥深くに姿を消していった。
「追う必要はない。あいつは…あいつらはただここで静かに暮らしていただけなんだろうよ。」
「そんな…ことが…できるなんて…できるなら…なんでっ」
ジュードは泣いてるような笑っているような顔をして呟き、それきり黙り込んだ。大きな体が強張って震えている。複雑な心境があるのだろう。こいつの背負った業は俺が口出しできるものではない。できることは俺の気持ちを伝えることだけだ。俺はジュードの肩に手を回し引き寄せた。
「どうであってもお前は俺の大事な弟だよ。」




