寵愛
突き付けられた銃口は、普通に考えれば俺の命を奪うのに十分だ。今の体はカミルでもなければウィントでもない、ただの貧弱な高校生なのだから。
しかし、俺も意識の上では戦闘経験をかなり積んでいる。長い口上の末に銃を向けられたところでさして恐怖は感じず、自然と体が横に逸れた。
「痛ぇ……!」
それでも、少女の放った弾は俺の左腕を掠めた。傷口から鮮血が噴き出るのを確認してから、なるべく冷静に神官ギルドの信徒を使って俺を回復させる。
「嘘、なんで……」
避けられたのが余程信じられなかったのか、少女が弱弱しい声で呆然と呟く。
嘗められたものだが、その余裕も続きはしまい。俺がここまで完璧に対処すれば、俺すら仕留められなかった少女などギンが余裕で倒してくれるだろう。
そんな甘い見通しを抱きながら、俺はギンを見た……が。
「ぐるぅぐるぅ……」
神速の勇者の前で演技したときよりも余程覇気がない鳴き声で、ギンが唸っていた。彼女は少女を狙っているようだが、動きは俺以上に緩慢で、しかも瞳にいつもの知性を感じない。それは、テラ達も同様だった。
どうしてしまったのかは分からないが、ギンは今、ウィントが作った試作品のライフルですら簡単に撃ちぬけるほどの隙をさらしていたのだ。
「おい、どうしたんだギンっ!」
「どうしたのでござるか!? しっかりするでござる!」」
俺は慌てて呼びかけ、それにサクの焦った声が重なる。声の方を振り向くと、サクだけは何故かギン達と同じ状況には陥っていないようだった。必死そうな顔で、ギン達に呼びかけている。
それからすぐに呼びかけても無駄だと悟ると、彼女は視線をギンからライフルを構えた少女に向け、ライフルも恐れず一直線に走った。
「ちょっと待って!」
だが。少女を今にも斬りつけそうだったサクの鎌は、少女が叫ぶと同時にピタリと止まった。
何かしらの魔法――というわけではないようだ。サクが止まったのはあくまで、少女がライフルを床に捨て、必死な表情で懇願したから。
「私を……助けて!」
そして少女は、今にも泣きそうな表情で俺とサクに頼み込んだ。
「よく来てくれたな、轟雷」
ゆっくりと落ち着いた声で、神速の勇者が言う。
以前の邪険さを一切失った彼女は、穏やかな顔で椅子に座っていた。そんな彼女と向き合っているのは、俺が支配しているウィントの体だ。
自分の体が見知らぬ少女に直面している状況なので気が気でなかったが、魔王とやらの存在を知っている彼女に焦りを悟られるわけにはいかない。
俺は穏やかな表情を保ちながら、ウィントの目で神速の勇者を見つめた。
「ここまで来てもらったのは他でもない。私を魔獣から庇ってくれたことに、感謝したかったんだ」
微笑みながら、彼女は面白くもない事を言う。
「彼女には僕に見えない世界が見えてる」、とウィントは言った。だから俺も彼女を殺すのを躊躇してしまい、果ては助けてしまったのだ。
俺は彼女を殺すには、あまりにも空っぽすぎるから。ウィントの気持ちが分かってしまったために、いつの間にか彼の意思を引き継いでしまった。
だが。目の前にいる少女は、最早そんなに高尚な人間だとは思えなかった。
「お前には……恨まれてると思ってたからな。まさか自分を盾にしてまで助けてくれるとは思わなかったよ」
「まぁ、君も満身創痍だったしね」
勿論、彼女がこうなってしまったのは全て俺のせいなのだが。
カミルなんてとうに超えた自分のクソな思考に辟易としながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けていた。
「それに、君を助けたのは虐殺も同じだろ?」
「でも、身を呈して私を助けてくれたのはお前だ」
どっちも同一人物だっての。心の中でつっこみながら、ウィントは彼女の心の支えとして選ばれただけなのだということを再確認する。
俺を見つめる目には熱がこもっていて、勇者の貫禄などどこにも残っていない。強気だった彼女の弱った姿は普通の少女として可愛く思えたが……テラ達の心象を悪くしてまで助けた身としては、嫌悪感の方が勝ってしまう。
「なぁ。これからも……私と話してくれるか?」
ウィントは彼女を好きだと言っていたが、こんな形で好かれることは望んでいなかっただろう。俺はウィントがいなくなったことに、身勝手すぎる寂しさを覚えた。
早くウィントの体を自分の体の救援に当てたいのは山々だったが、俺は今後のためにひたすら彼女の話し相手になっていた。
「結局、お前は一体何なんだ」
細い路地だ。俺とサクは謎の少女の案内に従って、ウィントの部屋に存在していた地下へと繋がる隠し階段をどんどん下へと進んでいた。
尋ねてこそいるが、俺は薄々彼女が何者なのか気づいていた。戦士ギルドで暮らしていても知らなかった程の隠し階段を知っている存在。そんな者、自ずと限られる。
何より、ギン達の様子が彼女を見た途端にいきなり変になったことを考えて……。この少女が一般人であるなど、有り得なかった。
「私? 私はね……」
そして彼女は、笑顔で名乗った。
「狂戦士ギルド代表。寵愛の勇者、イアだよ」
やはり、勇者か。
どうやら狂戦士というのは狂った戦士ではなく、周りを狂わせる戦士のことを言うらしい……。
俺は街に来ていきなり面倒な事態に巻き込まれてしまったと、頭を抱えた。
春休みはいつも以上に何が起こるか分かりませんが、多分今回と同じペースで書き進めると思われます!




