踏絵
今日は風が吹き荒れており、黒ずんだ草原では鋭い草が舞っている。
口に草が入るのを恐れたか、神速の勇者が発した言葉はいつもと比べ物にならないほど短かった。
「相変わらず趣味悪ぃな」
「そ、そうかな……」
神速の勇者に鎧を批判され、轟雷の勇者が目に見えて目に見えて落ち込む。
彼は軽装の上から大量の機械を身につけており、首から上以外は一切人間部分が見えていなかった。確かに趣味悪い。
彼が重装備をしているのは、神速の勇者の作戦に備えてのことだ。まだ彼女の企みを聞いてから一日しか経っていないのに、俺と轟雷の勇者と神速の勇者は、もう目的地に向かっていた。
「ちょっと急ぎすぎじゃないかい? 虐殺なんて戦いから戻ってきたばかりなんだし、もう少し間を空けても良かったんじゃ……」
「ふざけるなようやく見つけた魔獣の巣だぞ。逃げられる前に仕留めない理由がどこにあんだよこの鈍間が」
轟雷の勇者が俺の言いたかったことを言ってくれるが、神速の勇者は予想していた通りの言葉を返してくる。こうなると思ったから、俺は怪しまれないために口を噤んでいたのだ。
前回の勇者会議でカミルが伝えた魔獣の位置情報は、あくまでソーレイを襲った地点だけである。
ギン達の居場所を知られないように元々離れた位置で襲うようにしていたのだが、神速の勇者はそこから俺の意図を汲み取り、魔獣の居場所を予測して見つけたようだ。彼女の頭脳は本当に侮れない。
「僕には勝手に戦うなと言っておいて、こんな作戦立てるのはどうなんだ?」
「私は他の勇者にも声をかけたから良いんだよ誰も協力する気はなかったけどな」
俺がもう一つ気になっていたことを聞くと、神速の勇者は割と寂しい答えを返してきた。意外と人望ないな。
まぁ他の勇者は、勇者三人程度では魔獣を滅ぼしきれないと思って様子見に徹するつもりなのだろう。俺達が魔獣を減らし、残りを仕留めることで手柄を得る魂胆が手に取るように分かる。
だが逆に言えば、神速の勇者にそんなつもりはないということだ。手柄なんて気にしていないのか……それとも、この戦いで魔獣を滅ぼすだけの自信があるのか。
最悪の予想に、俺は思わず生唾を飲んでしまう。
「さっきも言った通り魔獣は移動してる可能性もある。そろそろ警戒しとけ」
余計な話ばかり続ける俺と轟雷の勇者を、神速の勇者が嗜める。
彼女は街を出てからいつも以上にピリピリしており、その緊張感は味方にまで伝播していた。常に腰が引けている轟雷の勇者はもちろん、勇者三人に追随するそれぞれの部下からも緊張が感じられる。
部下達の中で一番多いのは戦士ギルドの冒険者で、無骨な武器とやけにメカメカしい鎧が特徴だ。
次に多いのは、神速の勇者が率いるギルドの冒険者。皆が白い胴着を纏っており、それぞれの立場を帯の色で区別している。そう、彼女は武道家ギルドの代表だったのだ。
そして数が一番少ないのは、俺が率いる騎士ギルドのメンバーだった。
「流石に、十人は少ないと思うんだけどね……」
「ふざけんなほぼ罪人のお前が部下を連れて歩けるだけで有り難く思え」
緊張を紛らすために愚痴を言うと、神速の勇者が怒りを押し殺したような声で言葉を返してくる。俺の下らない愚痴にもいちいち返事を返してくれるのは、律儀すぎてちょっと面白い。
俺についてきている騎士ギルドの部下は、今言った通りたったの十人しかいなかった。数を制限したのは神速の勇者なので、恐らく俺が裏切った場合にすぐ無力化するための処置だろう。
最初に会った時カミルが「能力は他の勇者に教えていない」みたいなこと言ってたけど、普通にバレとるやんけ。
これではいきなり勇者の敵に回ればすぐに殺されてしまうし、いよいよ踏絵の様相を呈してきた。昨日の夜に元の体でギン達に状況を伝えはしたが、雲行きが怪しくなってきたな。
「よし着いたぞここで部下が魔獣を見つけたらしい。確かに洞窟の中で何か動いてるな」
神速の勇者が、俺の様子を窺いながら言ってくる。
もし彼女の計画が事前にバレて魔獣が逃げるか待ち構えるかしていれば、即座に俺は裏切り者と見なされたのだろう。
実際には事前に教えていて、カミルの立場を守るため勇者に気づいてないふりをして貰っているだけなのだが。少しでもボロを出せばすぐに神速の勇者に気づかれてしまうという恐怖は、かなり精神の負担になっていた。
「よしじゃあそろそろ攻め入るぞお前を試す戦いではあるが勝ちに行く。先頭は轟雷でその補助をお前に任せた」
「あぁ、分かった」
俺が頷くのとほぼ同時、ギン達が今俺達に気づいたようなふりをしながら洞窟から出てくる。そんな予感はしていたが、よりによってギン達のいるところか……。
意識的にかは分からないが、神速の勇者達が見つけたという魔獣がどこにいるかは、今まで伝えられていなかった。そのため、カミルが疑われないためには住処を分散していた魔獣達を一か所に集めるわけにもいかず、目の前にいるのは魔獣総戦力の三分の一程度しかいない。
神速の勇者が武力にも自信があると分かっていれば、カミルを切り捨ててでも戦力を集中させるべきだったか……。俺は後悔を覚えながら、縋るような目でギン達を見遣った。
「ガルルルル……」
俺の視線を受けたギンが、わざとらしい唸り声をあげて俺を睨む。それを見て、俺も余計なことは忘れて覚悟を決めた。
これから俺達は、この茶番をどうにかしてやり遂げなければならない。神速の勇者が企てた、イレギュラーな戦闘。ギン達のためにも、こんなところで躓くわけにはいかないのだ。
「ガルル……殺してやる……」
え、ちょっと怖いんですけどギンさん!?
怪しまれないためとは言えギンの目は殺意全開で、思わずギンに殺されてきた人の恐怖を味わってしまう。え、演技だよね……? 俺が味方だって忘れてないよね!?




