魔法と兎
また遅れちゃいました……。宿題辛い……。
堂々と宣言したは良いものの、部下を失った俺はソーレイとの相性が悪すぎる。四つの盾を全て防御に回し、攻撃を受け流すことしか出来ない。
しかし、俺はこの時点で勝利を確信していた。相手が減り、ギンとネインの接近まで許したなら……ソーレイの撃破も時間の問題だからだ。
「皆さん、これ以上虐殺の相手をしても不毛です。四人ほどが見張り、他は魔獣への攻撃に戻ってください!」
ソーレイも苦境に立たされていることを自覚しているようで、なかなかに的確な指示を出した。
俺に全力で倒すほどの価値はなくなっているが、かといって放置すれば攻勢に出られて至近距離から陣形を崩される。四人という見張りの数も、俺がギリギリ攻勢に移れない数をよく見極めていた。
「前方に一斉投擲! 他の群れは無視して、確実に前方の敵を仕留めてください!」
ソーレイの指示通りに信徒が動き、ナイフの飛ぶ方向が変わる。そしてギン達のいる方向に、避け場すらないナイフの弾幕が張られた。
どうやら前方の群れだけを殲滅し、囲われた状況から退路を生む算段なのだろう。それ自体は、囲まれている場合には有効な戦法だ。
しかし……今に限って、それは悪手だった。
「今は、私が守る番っ!」
その群れの戦闘に立つのは、四足歩行で跳ねながら走ってくるネインだ。臆病な彼女が先頭を張るのは意外にも見えるが、カミルとの戦いでも彼女はサクと一緒に前に出ていた。
仲間を助けるためなら、彼女は自分の限界を超えられる。そしてその手伝いは、俺が既にしていた。
「ソーレイ様! 先頭の魔獣に攻撃が効いていません!!」
「なんだあれ……。まさか……魔法?」
「嘘だろ。あの魔法、魔術師ギルドの奴が使っていたのを見たことがあるぞ!」
ネインに攻撃を仕掛けた信徒達が、一様に騒ぎ立てる。それもそのはず、ネインが使っているのは魔獣の技ではなく、魔術師が使っているのと同じ魔法なのだから。
俺が彼女に教えたのは、魔術師から奪った疾風属性の魔導書にあった魔法、〈風壁〉だ。
これは風を一点に収束させることで防御壁を作るという魔法だが、風なので一瞬しか防げず、相手の攻撃とタイミングを合わせて使わないといけない。しかも辺りの空気を利用するため二つ以上のバリアは同時に張れず、一方向からの攻撃しか防げないというクセの強い魔法だ。
しかしネインの戦い方を考えれば……これ以上彼女にふさわしい魔法はなかった。
「今だネイン! まずはナイフを投げてくる信徒達を狙え!」
「うん、分かった!」
ナイフを〈風壁〉で弾きながら大接近したネインは、俺の指示に従って目線を信徒の一人に向ける。そして彼女は地面を踏みしめると、ソーレイの頭を飛び越えてそいつの頭上まで跳躍した。
「なっ……!」
「相手の攻撃する時が反撃のチャンスです! ちゃんと狙いなさい!」
予想を超えた動きに呆ける信徒達を、ソーレイが叱咤する。気をとりなおした信徒達が新しく黒塗りのナイフを構えるが……ここまで接近を許した時点で、もう遅かった。
彼女に幾本ものナイフが集中する中、彼女は空中に風のバリアを展開した。
その小さな壁では、四方から迫りくるナイフを防ぐことは出来ない。しかし彼女なら……そのバリアを足場に出来る!
空中に張ったバリアを蹴りつけ、彼女はより高い上空へと跳躍する。彼女の落下地点を狙っていたナイフは総じて彼女を通り過ぎ、無傷のままネインが落下してくる。
ネインが狙っていた信徒が再びナイフを構えようとするが、その前に彼の頭蓋はネインの蹴りによって粉砕された。
「嘘だろ!! 何だ今の動きは!?」
「どの方向に跳ぶのか分からないんじゃ、狙いようがない!!!」
〈風壁〉を覚えたネインはいかなるところにも足場を作り、空中を飛び跳ねることが出来る。変則的かつ立体的な動きに翻弄され、彼女を狙って放たれるナイフは全て宙を切った。
彼女が空を舞うだけで、地上にいる者は蹂躙され、地を這うしかなくなる。統率のとれていた神官ギルドは、たった一人の魔人によって荒らし尽くされていた。
「その魔獣だけに構っていても勝機はありません! 四方から魔獣が来ますよ!」
辺りを見回しながらソーレイが叫ぶも、すぐ近くに自分を蹴り殺すかもしれない相手がいる状況では信徒達も冷静でいられない。注目はネインだけに集まり、難なく近づいてきたギン達によってどんどん被害は拡大していく。
「おっと、危ないぜネイン。油断するなよ」
「ありがとう、ジレン……」
俺を見張ってた四人も背後の脅威を意識せざるを得なくなり、俺もようやく自由になる。近くの敵を盾で蹴散らしながら、ネインが危なくなれば彼女を残りの盾でかばった。
「魔法を覚えた魔獣、魔獣を庇う勇者……。ワケが分かりません。虐殺、あなたは本当に魔獣などに寝返ったというのですか!?」
「あれ、まだ伝わってない? 俺はそもそもカミルじゃないんだってば」
殆ど部下を失ったソーレイが、俺を睨みつけながら叫ぶ。未だに何が起こっているのか分かっていないようなので、俺は勘違いを正してやった。
「虐殺ではない……? それは、どういう……」
「ま、分かる必要はない。さっさと気絶してくれ」
部下のナイフを拾って必死に抵抗するソーレイを、体を奪うために盾で攻撃していく。どうやらこいつ自身は、本当に〈過剰回復〉しか攻撃手段がないようだ。
連れてきた部下を無力化され、攻撃されるがままのソーレイの目には既に諦めが滲んでいた。
それでも最後の抵抗とばかりに与えたダメージを全て一瞬で治すため、なかなか気絶させるまでは至らない。少女をずっと鈍器で殴りつけている時点で、流石に罪悪感から目を逸らせなくなっていた。
ここまでされてまだ生きようとするのは、勇者の心の強さなのだろうか。俺は優勢にも関わらず気圧されそうになり、思わず叫んだ。
「勝ち目はないんだから、いい加減に諦めてくれ! その体を奪えさえすれば、俺は満足なんだ」
「体を……奪う?」
それを聞いた瞬間、ソーレイの顔色が変わった。
何かを恐れるような、恐怖の表情。一方脱力していた体は強張り、諦めていた心に力が漲ったのだろうという事が分かった。
「お前は、まさか……」
震える声で言ってから、ナイフをこちらに投げつけてくる。それを難なく盾で防ぐと、その隙にソーレイが後ろに下がった。
もちろん魔獣達に囲まれている状況で、単身逃げ切れるわけはない。それでもソーレイは、俺から離れると多少の安心を見せた。
「信じたくはないですが……。もしお前が魔王だというのなら、決してこの体を奪わせるわけにはいきません!」
「魔王? いやそんなこと一言も……」
ソーレイの言葉に反論しようとすると、言葉の途中でソーレイに異変が起こった。
修復しきっていなかった傷の周りが膨らみ始め、肉の膨張は全身に伝播していく。やがて全身の体積が元の三倍くらいにまで膨らむと、ソーレイは血をまき散らしながら……弾けた。
この世界で慣れてきたつもりだったが。予想外していなかった少女の死を目の当たりにし、俺はとうとう地面に吐き出したのだった……。




