伝令と決意
ソーレイの〈過剰回復〉戦法は、俺が指示して組んでいた魔獣達の陣形を軽々と突破していった。
〈過剰回復〉は俺の知らない魔法などではなく、カミルも使える〈高速回復〉の練度を増したものなのだろう。しかしその効果は段違いなので、殆ど別の魔法と化している。
回復魔法なので避けようもなく、傷が一つでもつけば傷口を塞ぐ肉が体内にまで膨張し、果ては破裂するようだ。
「これは……ギン達に伝えなきゃな」
ギン達には後方での指示を任せていたので、幸いこの惨状に巻き込まれてはいない。しかしそうなるのも時間の問題なので、俺は無理してでも彼女達に状況を伝えることにした。
「お前ら。僕は少しの間意識失うから、ちゃんと守ってくれよ」
「え、カミル様!?」
俺は魔獣の攻撃が当たらない地点を見極めると、四方の地面に盾を突き立てて部下に命じた。
俺だけ攻撃されていなければ怪しまれるので、魔獣達にはカミルにも攻撃するように命じている。
だから意識がない状態で攻撃されればダメージ転与が発生せずにカミルは死んでしまうのだが、それでもギン達の安全の方が大事だった。
「え、意識なくなったらダメージ転与発生しないのかな……。それならここで死んでもらった方が……」
「もし発生したらどうすんだ! 死ぬのは俺達だぞ!」
部下の微笑ましい掛け合いを聞きながら、俺は意識を自分の体に移した。
「ギン! 無事か!」
「あっ、タケル起きた」
俺の体が意識を取り戻すと、目の前にギンの顔があった。彼女を見上げるような自分の目線に、俺は自分の体勢を悟る。
「あぁ、膝枕……じゃねぇ! これお姫様だっこか!」
「うん。タケル軽い」
ギンは平然と頷くが、俺としては少し恥ずかしい。魔人とは言え女の子に軽々と運ばれていると、自分のひ弱さを思い知らされる。
それに何より、ギンが着ているのはボロボロになったままの灰色パーカーだ。体の感触を直に感じてしまうので、俺の意識がそっちに逸れてしまう。
もし俺を運んでいるのが全裸のサクだったりしたら、この大事な時に気を失っていたかもしれないな。まぁ、彼女の手は鎌だからその前に俺が死ぬけど。
「もう下ろしていいぞ。悪いな、ここまで連れてきてもらって」
「大丈夫。タケル運ぶの楽しかった」
ギンは全く疲れていない様子で、素直に俺を地面に下ろす。
戦闘区域まで俺の体を運んでもらったのは、今のように伝令を伝えるためだ。カミルが知覚した情報をギン達に伝えることで、いつでも戦法を変えられるようにという目的があった。
そしてそれは、今回予想以上に効を奏することになりそうだ。情報交換を怠れば……即座に全滅するほどに。
「今戦っている勇者は想定以上の強敵だ。傷口が一つでも出来れば、すぐに殺されるぞ」
「おいおい、マジかよ……」
「魔獣達が苦戦してるの、そういうことだったんだ……」
俺の報告にテラが呻き、ネインが白目を剥いた。ストレスの表現方法が豊富すぎるよ、ネイン……。
「とはいえ傷をつける手段自体は、信徒が投擲する短剣だけだ。それにさえ当たらなければ大丈夫だから……」
俺は目線をギンに向けた。
「少なくとも、ギンなら避けられない速度じゃなかった。騎士団の猛攻も避けてたギンなら、集中砲火にも耐えられる」
「うん、頑張る!」
ギンは俺の言うことを疑いもせず、気合を入れながら頷いた。
正直、ギンを前線に出すことへの恐怖はある。カミルとの戦いで傷ついた彼女の姿を思い出すと、いずれ自分の判断を後悔する気がしてならない。
だがギンの真っ直ぐな瞳に見据えられると、不思議と恐怖は和らいだ。彼女が信頼してくれるなら、俺ももう少し、自分を信じても良いのかもしれない……。
「テラは前と同じく援護射撃を頼む。でもお前は複数人に狙われて避けられるほど速くないから、木の裏から各個撃破を意識してくれ」
「見くびられてる……ってわけじゃねぇか。お前がそう思うなら、仕方ねぇから従ってやるよ」
飛んできた指示にプライドが傷つけられた様子だが、俺の判断自体は信用してくれているのか、テラは素直に頷いた。
生活と戦闘を共にしたことで、俺はいつの間にか信用を得られていたらしい。これまでの努力は無駄でなかったと思うと、やはり嬉しくなる。
「んで、サクは待機な。魔法なら選択阻害でなんとかなるかもだけど、物理的な遠距離攻撃はどうしようもなさそうだし」
「えぇ、そんな殺生な!?」
「戦線から外れた騎士だけ頼む」
「残党処理でござるか!? 地味!」
武士らしい活躍が出来ないとサクが落ち込むが、多分魔法使い相手には強いはずだから出番はお預けだ。俺は彼女を慰めながら、今回一番重要な少女に目を移した。
「そして……ネイン。俺の見立てでは今回最も活躍出来るのはお前だけど……いけるか?」
「うぅ……」
ネインを見詰めると、彼女は怯えたように目を逸らした。その先に体が破裂した魔獣を見つけ、「ヒッ」と可愛い悲鳴を漏らす。
ソーレイとの戦いでは、ネインに予め教えておいた魔法が最も役にたつはずだ。しかし同時に、彼女のメンタルが一撃でも受ければ死ぬという状況に耐えられるとも思えない。
やはり前線に送るのは無理かと思い、サクにネインと一緒にいるよう頼もうとした……その時だった。
「私、……やるよ」
彼女の目は、いつの間にか死体ではなく俺達に向いていた。
カミルを倒した時、俺に導きを求めた時の目に似ている。あの時は俺を誰かと重ね、崇拝しているような目をしていた。
だが、今は少しだけ、違う。
「私も、皆を守りたい」
その瞳が向いている先は、俺だけじゃない。ギンも、テラも、ネインも見つめている。
皆を助けたいという、渇望にも似た思いが見てとれた。
彼女が今信じたいのは、助けてくれる誰かなどではない。彼女は今、自分を信じようとしているのだ。




