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逃げた先に見えるもの

 倒れているギンを見て、俺が感じたのは純粋な恐怖だった。


 目の前に瀕死の仲間がいる恐怖、自分が殺されるかもしれない恐怖。それも勿論ある。

 しかし何より、今になっても目の前の事態を受け入れていない……自分に対する恐怖だった。


「これは……現実、なのか……」


 空気と一緒に流れてくる血の匂い。喉から絞り出すような、ギンの呻き声。ゲームしかしてこなかった俺にとってそれは、()()()()()()()()()()()()()()


 目の前の光景が現実だと信じられず、グワングワンと目が回る。体に力が入らず、立っているだけの気力もなくなる。


「あぁ……」


 俺は、深いため息をついた。


 思い出すのはギンと一緒に倒した冒険者。自分と同じ人間が死ぬところから、俺は平然と目を逸らしたのだった。そして気が付く。


 あぁ……。これまで俺は、この世界をゲームだとしか思っていなかったのか……。


「おいコラ! 何ボーッとしてんだ馬鹿野郎! 早く指示をくれ、ギンが殺される!!!」


 後方から牽制射撃を重ねていたテラが、焦りながら俺に指示を促してくる。

 ギンを助けなきゃ、そうだギンを助けなきゃ。理性は何度もそう叫び、体を熱くする。でも、心が動いてくれない。


 俺は現実世界で、人との関わりに挫折し続けた人間だった。ゲームにのめり込んだのも、本当はそれが理由だ。この世界で魔獣側についたのも、今思えばそれが理由なのかもしれない。


 だから。この世界が現実だと言うならば。俺にどうにかできる道理は……ない。


「おやおや、戦意喪失かな? どうやらこの少女は、君にとって大事なケダモノだったか……。そう言えば、隔絶が生け捕りにしようとしてたのも狼だと言っていたかな」


 凶悪な笑みを浮かべて、カミルがギンの体の上に足を置く。どうやら痛めつけて俺の反応を楽しんでいるようだ。


 前線に出ていたネインとサクはギンを助けるためにカミルを攻撃していたが、彼女達もギンを人質にとられて動きを止めた。しかし魔獣達はギンのことなど気にもせず、カミルを攻撃し続ける。


「はぁ、本当に鬱陶しいな。なんでこんなケダモノどもの味方をするのか、やっぱり理解できないね。だからといって興味が出るわけじゃないんだけど……隔絶あたりに引き渡せば喜んでくれるのかな」


 だが魔獣の攻撃など意に介さず、何事かを呟きながらカミルは魔獣達を圧し潰していく。


 どんな致命打を受けても、死ぬのは彼の部下ばかり。彼が前へと進む度、敵味方問わず周囲に死体が積み上げられる。

 その様子はまさしく虐殺。敵だけでなく味方までを殺すことから、彼は()()()()()と呼ばれるのだろう。


「よし決めた。魔獣ども、この狼を殺されたくなければそこの人間を無傷で引き渡してくれ。もちろん回復してやるだけで、後々他の勇者には引き渡すんだけどね」


 変わらない状況に飽きたのか、カミルが唐突に提案する。諦めきった俺が彼の言葉を翻訳すると、テラ達三人が獲物を狙う目で俺を見てきた。


 その目に逡巡も見られるが、役立たずと化した俺を引き渡してギンが助かるならやむなし、と考えているのが分かる。

 少し悲しいが、仕方のないことだ。だって俺でさえ、そっちの方が良いと思うから。


「あぁ分かった。俺が行くから、ギンは助けてくれ」


 テラ達の手を煩わせないように、俺は自分の足でフラフラとカミルに近づいていく。


 何か覚悟をしたわけでも考えがあったわけでもない、思考放棄の一手。ゲームに負けたからリタイアする。それくらいの気軽さで、俺は自分の身を引き渡そうとした。


 この世界が現実だと思うと、心が耐えられないのだ。あたかもゲームをする時のように、俺は心を凍らせてギンの方へと向かっていく。


「ダメ、来ないで……」


 しかしそれは、息も絶え絶えのギンに咎められた。

 

「ど、どうして」


 俺は尋ねる。ギンが止める理由が、俺には全く分からなかった。なんでゲームオーバーにさせてくれないんだと、眉をひそめさえする。


 だが。返ってきた言葉は、とても単純なものだった。


「ギンの、おんがえし……だから」


 それはきっと、隔絶の勇者の気を引き付けたことについて言っているだろう。痛めつけられているギンと自分を重ねて、俺が思わず飛び出した時の話だ。


 まだ、気にしていたのか。あの時だって俺は、ゲーム感覚だったはずなのに。殆ど勢いだけで、飛び出したに過ぎないのに。


 そんな俺の為に、ギンが死ぬ必要はない。構わず歩を進めると、彼女は俺を全力で睨みつけてきた。


「ギン……」


 獣らしく鋭い、強い意思のこもった目。まるで、余計なことをすれば噛み殺すと言ってるかのようだ。

 そんなに俺を助けたいのか? どうして……いや……。


 彼女の目を見て、俺はやっと気が付いた。単純な、ことだったんだ。


「ギン、俺からも言わせてくれ……」


 最初にギンを助けようとしたのは、俺だ。恐怖を押し殺して、死を覚悟して、それでも前に出た。


 ゲーム感覚だったかもしれない。現実を見てこなかった男の、何も考えていない行動だったかもしれない。


 でも……それがどうした。


「ありがとう」


 俺はたまらず、口から言葉をこぼれ落とした。俺も今、彼女に救われたから。


 ゲーム感覚でこの世界を見ていたかもしれない。人が死んでもなんとも思わないくらい、俺の心はどうかしていたのかもしれない。


 だけどそれでも。ゲームに費やした俺の情熱は全て……本物だろう!? 俺がギンを助けたいと思った気持ちは……本物だっただろう?


 それだけのことなんだ。ギンだってただ、俺を助けたいから助けようとしている。それならもう……迷う必要なんて、ない!


「このダンジョンに足を踏み入れた、騎士全員に告げる!!!」


 俺はカミルの目の前まで来ると、その後ろにいた騎士達に向かって叫んだ。


「勇者のダメージ転与の効果範囲は、100メートルが限界だ! それ以上離れればお前らは死なないっ!」

「なっ、どうしてそれを!」


 内容は、カミルの能力……いや、魔法の効果範囲についてだ。


 最初は勇者特有の能力でダメージを受け流しているのだと思った。だが自分のステータスを見る限り、人間のステータスはあくまで【ウィザーズ・デスマッチ】と同じ。だとすれば、魔法の効果である可能性が高い。


 【ウィザーズ・デスマッチ】にダメージ転与の魔法なんてものはなかった。しかし、魔法を組み合わせれば出来ないことも出来るというのが【ウィザーズ・デスマッチ】の魅力だ。そう考えると……。


「防護属性lv.2〈被害集約〉と領域属性lv.4〈必中対象〉の組合わせ、だろう?」

「そこまで分かっているのか……!」


 〈被害集約〉は自分の受けたダメージなどを一ヶ所に集める魔法で、致命傷を腕に集中させることで心臓を守る時などに使う。

 〈必中対象〉は発動に時間がかかる代わり相手を全ての魔法のターゲットにするという魔法で、一度ターゲットにすると近くにいる限り全ての魔法が当たるようになる。


 これによって、予め〈必中対象〉をかけておいた仲間を〈被害集約〉の対象にしていたのだろうが……〈必中対象〉の射程範囲は、最大まで鍛えても100メートルなのだ。


 いつもみたいにゲーム視点で考えれば、そう難しいことではない。ギンのお陰で調子を取り戻した俺は、すぐこの結論に至った。


「お、俺は逃げるぞ! いつでも殺せるって脅されてただけなんだ!」

「前からいけすかねぇ奴だと思ってたんだよ!」


 それを伝えた騎士達の反応は迅速だった。何人かはカミルに忠誠を誓っているようだが、殆どの騎士はカミルに無理矢理従わされているだけだったようだ。ダンジョンの出口目掛け、騎士団の半数以上が駆け出していく。


 そりゃそうだ。今のような勢いで仲間が倒れていたのなら、忠誠心を抱く時間さえ与えられない新入りばかりになるだろう。それに何より……カミル彼は俺に似ている。


「お前の敗因は、ゲーム感覚だったことだよ」


 自分が傷つかないから生まれる余裕。戦況を他人事のように眺め、自分の楽しいように戦う身勝手さ。

 そんなことをしていて、仲間の心がついてくるわけがない。


「俺もそうだ。だから、ここで俺もお前も死ぬことになる」

「ふ、ふざけるな! 消し去れっ、聖域境っ!」

「あとは頼んだぞ、テラ、ネイン、サク……。〈送風〉!」


 カミルの盾が腹に直撃し、大量の血が流れ出る。しかし俺は構わず騎士団の背後に回り、〈送風〉でダンジョンの奥に送っていく。


 これによって〈必中対象〉の対象は、もう残った6人の騎士だけに絞られた。


「つまり、あと七回殺せばお前は死ぬな?」

「あまり僕をなめるなあああああ!」


 カミルは流石に焦ったようだが、俺の的確な魔法さばきにより逃げることも出来ない。


 仕方なく魔獣達と応戦するものの、数の差からして騎士団はジリ貧だ。カミルはあっさりとテラ達に組伏せられ、盾による抵抗も虚しく何度も殺されていた。


「ごめんな……こんなことしか出来なくて……」


 安心した途端に痛みが増し、俺は立っていられなくなる。俺はギンの真横に倒れると、血を吐きながら彼女に謝った。


「…………」


 ギンはもう声も出ないようだが、ただただ悲しそうな顔で俺を見つめてくる。自分が傷ついていることより、俺の心配をしてくれているようだ。


「ギンは、……優しいな」


 こんなに優しい子を助けられなかった悔しさで、傷口の痛みさえ増してくる。もう少し……あともう少し、俺に出来ることがあれば……。


 そんなどうしようもない後悔を抱いた、その瞬間。俺の視界を遮るように、ステータス画面が現れた。


 なんてタイミングでギンの顔を隠してくるんだと怒りそうになるが、よくよく読んでみると、それはカミルのステータス画面だった。


「どうして、いきなり……?」


 人のステータスはギン達と同じく、これまで勝手に覗くことが出来なかった。だとしたらここにも法則が有るのだろうが、今更何か分かったところで……。


 いや。まさか、どうにかなる……のか?


 とある予感がして、俺は死力を振り絞って叫んだ。


「皆、まだ勇者を殺すな! ギンを…………ギンを助けられるかもしれない!」


 その瞬間、俺の視界が暗転した。

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