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おひとよしの魔法少女  作者: 春凪とおる


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第2話 困らせていい

「篠宮。最近、遅刻が増えてるぞ」

「すみません」

「提出物も一つ忘れてたな。珍しいな」

「……気をつけます」


九月。

魔法少女になって、もう三か月近くになる。

教室へ戻ると、机の上にプリントが積まれていた。


「委員長、文化祭のアンケート。先生が集計お願いって」

「わかった」

「今日中だって」

「……わかった」


鞄の中には塾の模試。

まだ復習していない。

昨日は怪物退治で帰宅したのが十一時。

宿題を終えたのは午前二時だった。


「委員長」


別の子が来る。


「体育祭のメンバー表、確認してくれる?」

「机に置いといて」

「今日中」

「わかった」


「委員長」

「何?」

「委員長」

「何!?」


教室が静かになった。

呼んだ女子が目を丸くしていた。


「何だった?」

「いや、もういい」


彼女が離れていく。胸が痛んだ。

最低だ。ちょっと頼まれただけなのに。

私は机に座り、顔を伏せた。


「疲れた……」


けれど休んでいる暇はない。

アンケートにメンバー表。

宿題。

塾。


そして夜になれば、また。

スマートフォンが震えた。


『紬、大変!』


ミルだった。

私は目を閉じた。


   *


その日の怪物は強かった。

ビルの壁に叩きつけられ、息が止まる。


「っ……!」

「紬!」

「平気!」


平気じゃない。

右肩が上がらない。

息をするたび肋骨が痛い。

それでも立った。


「もう逃げよう!」

「逃げたら、こいつどうするの」

「僕が応援を呼ぶ!」

「どれくらい?」

「一時間……」

「その間に何人襲われるの?」


ミルは答えなかった。


「だったらやる」

「でも!」

「私しかいないんでしょ!」


叫んだ瞬間、何かが切れた。


「私しかいないんだから!」


誰に言ったのかわからない。ミルか、 怪物か。

それとも、自分自身か。


全身の力を杖へ注ぎ込む。


「消えて!」


閃光がまばゆい。

怪物が吹き飛んだ。


「はは、ざまあみろ!」


やけくそで叫んだ私は。

――その場に崩れ落ちた。


   *


目を覚ますと、自分の部屋だった。

時計は午前三時十二分。

ミルが枕元にいた。


「……宿題」

「寝て」

「明日提出なの」

「紬!」


ミルが叫んだ。


「なんで断らないの?」

「何を」

「全部だよ! 学校のことも、魔法少女のことも!」

「魔法少女にしたのはあなたでしょ」

「だから後悔してる!」


私は黙った。


「僕、君がおひとよしだから魔法少女にした。

 優しい人なら、力を正しく使ってくれると思った」


ミルの目に涙が溜まっていた。


「でも違った。僕は、君が断れないのを利用しただけだった」

「そんなこと」


「あるよ。紬、僕が助けてって言ったら絶対来るじゃん」

「怪物が出てるんだから当然でしょ」


「当然じゃないよ」

「じゃあ誰が戦うの」

「それを紬一人の責任にしちゃ駄目だった」


ミルが俯いた。


「ごめんなさい」


腹が立った。

ミルにではない。自分にだ。


疲れていた。

嫌だったし、やっぱり怖かった。

何度も断りたかった。


なのに。

誰かが困るから。私しかいないから。

それだけで全部引き受けた。


「……私がやるって言ったの。あなたのせいじゃない」

「それも違う」

「何が」


ミルが私を見る。


「紬。誰かの責任まで引き受けるの、やめなよ」


胸の奥に刺さった。

私は何も言えなかった。


「でも」


声が掠れた。


「私がやらなかったら、誰がやるの」


ミルは答えなかった。

私も、答えを持っていなかった。


   *


翌朝、熱が出た。

三十八度七分。

学校を休むと、クラスのグループLIMEに次々メッセージが流れた。


『委員長休み!?』

『文化祭の資料、委員長持ってるよね?』

『今日の委員会どうすんの』

『誰か代わりやる?』


やっぱり。

私がいないと困る。

起きようとした。


「どこ行くの」


ミルが布団を踏んだ。


「学校。資料だけ届ける」

「駄目」

「でも、みんな困る」

「困らせていい」


「……え?」

「紬が一日休んだくらいで困るなら、困ればいい」

「無責任でしょ」

「じゃあ紬が倒れるまで働くのは責任感?」


言葉に詰まった。


「……違う、と思う」

「でしょ。寝る」

「……はい」


夕方、目を覚ますと、


『資料、先生が予備持ってた』

『委員会は副委員長が出てくれた』

『文化祭の集計、三人で終わらせた』

『委員長、ちゃんと寝ろ』


そんなメッセージが並んでいた。


「……なんだ」


呟いた。

安堵と、うっすらとした寂しさが同時に来た。


自分がいなくても回る。

それは嬉しいはずなのに、少しだけ怖かった。

私は、まだよくわからなかった。

これでいいのか、それとも――。


   *


数日後。

まだ本調子ではなかったけれど、学校には行った。

休んだ分の遅れを取り戻さなければいけなかった。

放課後。


「紬!」


窓からミルが飛び込んできた。


「怪物?」

「うん! 河川敷!」


私は鞄を持つ手を止めた。


「……今日は」

「今日は?」

「ううん。行く」


本当は、まだ身体が重かった。

けれど「今日は無理」と言う自分が、うまく想像できなかった。


校門へ向かおうとした、そのとき。

空が暗くなった。

地面が震える。


「何?」


ミルの顔色が変わった。


「まずい。河川敷のやつじゃない」


校舎の向こう。

街の中心に、巨大な黒い柱が立ち上がった。


「虚ろの王……」

「王?」

「普通の怪物とは違う。今までとは、格が――」


ミルの声が、初めて怖がっていた。

黒い雲が街を覆う。

遠くから悲鳴が聞こえた。


応援は?

私は聞こうとして、やめた。

聞かなくても、わかる気がした。


今度は、いつもみたいにはいかない。

それでも、足はもう動いていた。


――誰か、じゃない。

私が、行かなきゃ。

そう思った瞬間、初めて自分の言葉が、少し怖くなった。

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