第3話
虚ろの王は、ビルより高かった。
黒い巨人が街の中心に立ち、胸の巨大な穴から、
人々の感情らしい光を吸い込んでいる。
見上げただけで、足がすくんだ。
今までの怪物とは、明らかに何かが違う。
「止まりなさい!」
杖を振る。
光弾。
命中。
でも効かない。
「嘘でしょ」
「紬! 胸の穴! そこが核!」
「了解!」
攻撃を避けながら距離を詰める。
杖に光を集める。
「これで!」
核へ直撃。
しかし。
「え」
光が吸い込まれた。
「魔法が……」
「紬!」
巨大な腕が迫る。
避けられない。
強い衝撃。
私は地面へ叩き落とされた。
「っ……!」
身体が動かない。
巨人が近づく。
「立たなきゃ」
杖を支えにする。
「立たなきゃ」
私しかいない。
また、その言葉が浮かんだ。
私しか――
『委員長!』
声がした。
「……え?」
スマートフォン。
クラスのグループ通話がつながっていた。
『委員長!』
『委員長、聞こえる?』
『篠宮、返事して!』
『俺、探しに行く!』
『馬鹿、危ないからやめろ!』
『でも一人だったら――』
私を探している。
魔法少女ではなく、篠宮紬を。
「……一人じゃない」
「紬?」
ミルが私を見る。
「一人じゃなかった」
スマートフォンを握りしめる。
画面の向こうでは、まだみんなが私を呼んでいた。
私は杖を拾った。
「ミル」
「うん」
「応援、あと何分?」
ミルが目を丸くした。
「十分!」
「十分か」
虚ろの王を見上げる。
「じゃあ十分、持たせる」
「え?」
「倒さない。時間を稼ぐ」
杖を構えた。
「誰かを頼ってもいいんでしょ」
「うん!」
「なら頼る」
巨人の拳が振り下ろされる。
防御壁。
激突。
ビリビリと腕が震える。
「でも」
私は笑った。
「来るまでの十分くらいは、私が頑張る」
ミルも笑った。
「それ、おひとよしじゃない?」
「違います」
「違う?」
「これは私がやりたいからやってるの」
魔力を込める。
巨大な防御壁が街を包んだ。
虚ろの王が殴る。
一発。
二発。
三発。
壁に亀裂が走る。
「あと何分!」
「六分!」
「長い!」
「頑張って!」
「簡単に言わないで!」
四発。
五発。
膝をつく。
「あと!」
「三分!」
「まだ!?」
六発目。
壁が砕けた。
「紬!」
「まだ!」
新しい壁を張る。
頭が痛い。視界が揺れる。
それでも。
今度は、一人で勝とうとしているわけじゃない。
誰かが来る。
だから、それまで。
「それまでだからね! あと!」
「十秒!」
「数えて!」
「十! 九! 八!」
巨人が拳を振り上げる。
「七! 六!」
杖を構える。
「五! 四!」
「来い!」
「三!」
拳が落ちる。
「二!」
防御壁が砕ける。
「一!」
光が空を横切った。
巨大な拳が吹き飛ぶ。
「待たせたね!」
赤い衣装の魔法少女が空から降りてきた。
その後ろに、黄、緑、紫色。
四人。
「……遅い」
私は笑った。
「ごめんごめん」
赤い魔法少女が私の肩を叩く。
「あとは一緒にやろう」
「はい」
一緒に。
その言葉が、妙に嬉しかった。
五本の杖が並ぶ。光が集まる。
「いくよ!」
「はい!」
五色の光が虚ろの王の胸を貫いた。
核が割れる。
黒い身体に亀裂が走り、巨人は空へ溶けるように崩れていった。
夜の街に、光の粒が降った。
*
翌朝。
「委員長、数学の宿題見せて」
「嫌」
「即答!?」
「自分でやって」
「冷たくなった!」
「わからないところなら教える」
「じゃあ全部」
「先生呼ぶよ」
「ごめんなさい」
教室に笑い声が広がる。
「委員長、文化祭の買い出し、今日行ける?」
「今日は無理」
「じゃあ俺行くわ」
「お願い」
「委員長、プリント配るの手伝って」
「それはいいよ」
「委員長、黒板消しといて」
「それは自分でやって」
「委員長」
「何?」
「委員長」
「だから何!」
「呼んだだけ」
「怒るよ!」
また笑い声。
私も笑った。
窓の外では、ミルが浮かんでいる。
目が合った。
小さく手を振ってくる。
私は周囲に気づかれない程度に手を振り返した。
机の中には魔法のペンダント。
たぶん、これからも出番はある。
まあ、そのとき考えればいい。
「紬!」
窓の外からミルの声。
その慌て方で、だいたい察した。
「今度は何?」
「駅前に虚ろの獣!」
「他の魔法少女は?」
「赤い子が十分で来るって!」
「じゃあ十分待って」
「でも今、たい焼き屋さんが襲われてる!」
「……人は避難した?」
「した!」
「なら待つ」
「たい焼きが!」
「知らない」
「あんこが!」
「知らない!」
「期間限定の栗あんが!」
私は立ち上がった。
「それを先に言いなさい!」
「行くの!?」
「人命じゃないからね! 私が食べたいだけだから!」
ペンダントを握る。
窓を開ける。
秋の始まりを告げる風が、教室へ吹き込んだ。
「紬!」
「何!」
「やっぱり、おひとよしだね!」
私は笑った。
「違うって言ってるでしょ!」
光が弾けた。
(了)




