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work006 鏡の後光

アイサ国第3の港、ナガシカ。

各国から訪れる商船がひしめくこの港町に出稼ぎに来た若き男は、身に覚えのない「スパイ容疑」という底なしの泥沼に突き落とされた。


異国で容疑をかけられれば、真実など二の次だ。異邦人というだけでまともな吟味もされず、都合よく「犯人」に仕立て上げられる。それがこの世界の、逃れられない不条理な常識だった。


「どうせ俺のような余所者よそものは、このまま暗い牢獄で朽ち果てるんだ。いや、極刑か...なら、最後くらい盛大に呪ってやる!」


絶望のあまり自暴自棄になった男は、アイサ国の中央機関『御前審判所』へ引き立てられてもなお、ふてぶてしく笑っていた。


だが、重厚な帳が左右に分かれ、そこから一人の少女が姿を現した瞬間、男の笑いは引きつったように凍りついた。現れたのは自分より二回りも年若い、まだ10歳ほどの子供だったが、そのあまりに大人びた、人を寄せ付けない佇まいに、男は本能的に気圧された。


少女――ヨミナイシンは気怠けだるげな動作で筆を執り、空中に「円」を描いた。


三位一体さんみいったい神筆しんぴつ――『カガミ』」


空間に描かれた円が、澄み切った水面のような「鏡」へと変じる。そこには、戸惑う男の姿が克明に映し出されていた。


隣に控えていたコトアミが、感情の読み取れない静かな声で告げる。

「これより下されるのは、言葉ではなく魂の審判です。問いに答えなさい。......貴方は、我が国に害をなす者ですか?」


男は歪んだ笑みを浮かべ、あえて、わざとらしく言い放った。

「ああ、そうだ! そうだよ! さあ、望み通りの答えだろ、好きにしやがれ!」


――パリンッ!


硬質な、しかしこの世のものえない不快な音が審判所に響き渡った。

鏡の中に映っていた男の姿が、まるで氷細工が砕けるように粉々に砕け散る。


コトアミが事務的に通告する。


「姫様の『カガミ』の前で嘘は無意味です。」


「姫様?!カガミ??ど、どういうことだ!?」


男は自分の「嘘」が物理的な拒絶として突き返されたようで、冷や水を浴びせられたような感覚を覚えた。


ヨミナイシンは無表情のまま、再び筆を振り、鏡を修復するように円を描いた。


「問いを重ねます。貴方は、国家機密を盗み出すために我が国へ入国したのですか?」


「そうだ、最初からそれが目的だ。お前らの国の情報を盗んでやったんだよ!」


――パリンッ!


再び、目の前の自分が砕け散る。

男の背筋に、不気味な寒気が走った。どんな自虐も、この鏡の前では意味をなさない。


「ナガシカに潜伏している他の工作員がいますか?」


「ああ、仲間はたくさんいるぜ。今頃みんな逃げ出してるさ!」


――パリンッ!


もはや男は笑っていなかった。ただ、息を荒くして鏡を見つめていた。

何を言っても無駄。この少女の瞳は、男の魂の底にある、自分でも認めたくなかった「生きたい」という怯えすらも見透かしているようだった。嘘という逃げ場を完全に塞がれ、彼は今、「真実」と向き合うことを余儀なくされていた。


「......最後のチャンスです。本当のことを言いなさい。貴方は、スパイなのですか?」


男の瞳から、虚勢の光が完全に消えた。

男は深く、震える呼吸を吸い込み、魂の底にある剥き出しの言葉を絞り出した。


「......違う!俺はスパイなんかじゃない!断じて、違うんだ!俺はただ、アイサ国に商いを、金を稼ぎに来ただけなんだ!!信じてくれよ!!!」


次の瞬間―――鏡の奥から、審判所の重苦しい暗闇を焼き尽くさんばかりの白銀の光が溢れ出した。純粋な真実だけを肯定する、まばゆい輝き。


その光を背負って立つヨミナイシンの姿は、白銀の後光を背に負い、衆生を救うために降臨した女神。その幼くも美麗な御尊顔を、神々しい後光が縁取っている。


沈黙を貫いていたヨミナイシンが、そこで初めて、短く告げた。


「......無実じゃ。」


それ以上、何も語らずに去っていくヨミナイシン。

男は地面に額を擦りつけ、むせび泣きながら女神様と感謝した。



「......というのが皇女殿下のお務めでございまして。」


アイサ国の皇宮を辞して、馬車の中。

ルタカザカとエイシアは、ヨミナイシンについてひとしきり語り終えた。


「へぇー、それは凄いですね!魔法の鏡?真実の鏡って言うんでしょうか?!」


ニアが目を輝かせる。


「はい。これがアイサ国で貿易が盛んな理由の一つです。皇女殿下の御前では、他国者が不当な罪を被せられる心配がありません。そのため、"アイサ国では安心して商売ができる"と思った世界中の商人が船を寄せるのです。」


「でも...ヨミナイシン様の魔法、どういう原理なのかわからないんです。」


テュノンがポツリと言った。


「そうなんですか?シィナ様なら解析できるのでは?」


「...どうでしょうか。アイサ国の魔法は、我々の魔法とは性質の異なるものですので。」


シィナは珍しく、わずかに眉を寄せた。


(魔法とは違う?...なんだろう?......妖術とか?)


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