独立義勇軍
リンパール作戦開始から3ヶ月が経った6月のある日、カイトはロングーン近くのヤポン陸軍の演習場に来ていた。そこではヒルマン現地人の志願兵によるヤポン式の軍事訓練が行われていたがヤポン語を理解していた志願兵のリーダー格の男が病気になったとのことでカイトは通訳として呼ばれたのであった。勿論カイトはヒルマンの現地語を大して理解出来ておらず日常会話も覚束ない程度であったがいないよりはましという状況であったのだ。
「エイ! ヤァ! 」
カイトが演習場を訪れた時ヒルマンの志願兵五十人が銃剣訓練を行なっていた。掛け声はヤポン式であり彼らは銃身の先に短剣が取り付けられた小銃を振り回している。カイトはヒルマン方面軍本部から連れてきた従兵とその様子をぼんやり眺めていた。従兵は身長が150cmも無い程の小柄な男で名をアキヨシというヤポン陸軍曹長であった。カイトと並ぶと大人と子供ほど身長に違いがある。暫くの間二人は訓練を見学していたがふとアキヨシがカイトにこう言った。
「カイト少尉殿、訓練の指揮官に挨拶に行きましょう」
「あぁ、そうだな」
二人は五十人のヒルマン現地人を前に銃剣訓練を身振り手振りで教えている男に近づいていった。カイトがその男と目が合う。するとその男がカイト達二人の目の前に駆けてきて座り込み勢いよくこう言った。
「カイト少尉でいらっしゃいますでしょうか!?」
「あぁ、そうだが」
カイトが冷静にそう言うとその男は息を荒げながらこう続けた。
「話は聞いております! ありがとうございます! 私は志願兵の訓練を担当しておりますバン軍曹と申します。本日は通訳を宜しくお願い致します! あいつらが何を言うとるか私にはさっぱり分からないのです! 」
彼はそう言って頭を下げた。カイトはやや困惑しながらこう言った。
「バン軍曹、正直なところ私もヒルマンの言葉は得意ではないんだ。ただ一生懸命やらせてもらうよ」
「はいっ!宜しくお願い致します」
そのバンという男は年齢は四十ぐらいのやや腹の出た禿げた男だった。バンは志願兵の一人をカイトの前に連れてくると敬礼をさせた。その男は背が2mはあろうかという長身の男でカイトよりも更に背が高い。痩けた頬の上からギラギラとした目つきでカイトの方を見てくる。カイトは辿々しい現地語で話しかけた。
「コンニチワ、ワタシノナマエハカイトデス」
するとその肌の色の黒い長身の兵士は早口で何事かを喋りかけてきた。カイトにはそれが早すぎて理解出来ない。カイトは何度か「もう少しゆっくり話してくれ」という意味のことを言ったが発音が悪いのかその兵士が興奮しているのかいずれにせよ彼の早口が止まることは無かった。カイトはふとベイ語で「こりゃお手上げだ」と思わず言った。するとその兵士がベイ語で「あなたはベイ語なら分かるのですか? 」と聞いてきた。カイトは思わず頷いた。
「ワォ! それを早く言って下さい! ではベイ語で会話をしましょう! 」
「そうしましょう」
その男はムルアカという名前で今回訓練に参加しているヒルマンの兵士達、すなわちヒルマン独立義勇軍の副官を務めているということだった。彼は目を輝かせてこう言った。
「我々はヒルマンをベイ国植民地から解放してくれたヤポンに感謝しております。ヤポンがヒルマンの独立を後押ししてくれていることは本当に有り難い」
「感謝して貰えているなら良かった。一緒に力を合わせてベイ国を打ち負かしましょう」
「勿論です。ただ訓練を進めていく中でお願いがありまして」
「何です? 」
「訓練が基礎的なものばかりです。実弾を使った実戦に即した訓練もしてもらえませんか? 」
「なるほど」
カイトはバンにムルアカの話を伝えた。するとバンはこう言った。
「カイト少尉、我々には訓練に使える弾薬はありません。弾薬は常に不足しているので無駄遣いするなという上からの指示が出ています」
弾薬不足で訓練すら出来ないとは情けない話だ、とカイトは思った。だがここでバンに無理を言っても彼が困るだけで何も解決しないだろうと考えたカイトはムルアカに適当な説明をした。
「ミスタームルアカ、実は今我々ヤポンは大きな作戦を行っている」
「Oh! 本当ですか!? 」
「かなり大きな作戦だ。我々は手持ちの武器、弾薬の殆どをその作戦に充てがっている。なので後衛の部隊は弾薬が不足しているのだ」
それを聞いたムルアカは少し複雑な表情をした。そこでカイトはこう付け加えた。
「その作戦は上手く進んでいる。その作戦が成功すればすぐに実弾を使った訓練が再開可能だろう。申し訳ないが少し待ってくれないか? 」
カイトは出鱈目を言ったが作戦が上手く進んでいると聞くとムルアカの表情は明るくなりこう言った。
「その作戦でベイ国がダメージを受けることは我々の早期独立に繋がります。我々は待ちます。頑張って下さい! 」
「あぁ、ありがとう」
無邪気な笑顔のムルアカと握手をしているとカイトは後ろめたさを感じずにはいられなかった。彼らはヤポン軍が劣勢なことなど知らないのだ。その後ムルアカ達は訓練に励んでいたがその様子は真剣そのものであった。カイトは通訳としてずっと訓練に携わったがその訓練が終わった後にアキヨシと並んでこんな話をした。
「曹長、彼らは真面目だな」
「そうですね」
「いつか彼らの力を借りないといけない時が来るかもしれないな」
するとアキヨシはやや俯いてこう言った。
「リンパール作戦はどうなのです? 何かご存知ですか? 」
「正直なところ私のところに情報は入ってきていない」
カイトは咄嗟に嘘をついた。「損害は大きいがリンドの国境近くまで部隊は前進した」などと本当のことを言ってそれをカイトが喋ったことが公になれば情報漏洩だとかスパイだとか言ってくる可能性のある輩が大勢いる為であった。カイトにとっては上官であるサ・ガンやその旧友であるスガイヤしか心底信用出来る人間はいないのである。その後三日間カイトとアキヨシはバンの訓練に付き合ったが四日目にヤポン語の話せるリーダー格の男が病気から回復したとのことで二人はお役御免となった。
訓練場から本部への帰り道にカイトとアキヨシはこんな話をした。
「訓練自体はかなり厳しいものだったな」
「はい、我々が新兵の頃に受けたものと変わりません。もしくはそれ以上です」
「ヒルマンの人はガッツがあるなぁ」
「私もそう思いました。彼らはヤポンにとっていつか大きな戦力となるでしょうね」
その三日間の間にカイトとアキヨシは仲良くなっていた。カイトは25歳でアキヨシは19歳とやや年齢は開いていたが何処か馬が合ったようであった。




