感染症
暗くなるとカイトとマリィはオートバイに跨りモールメンへ向けて出発した。かなりモールメンに近付いた筈であるが周辺には相変わらず人の往来は全くなく石ころだらけの荒地が連続している。だが暫く進むと薄暗い荒野の先に光が認められた。真っ暗な夜道の行く手にポツン見えるモールメンの街の明かりは物凄く目立つ。
「マリィさん! 灯りが見えますよ! 」
カイトはオートバイを運転しながら顔だけを後ろに向けてマリィにそう叫んだ。戦闘は行われている可能性が高いが少なくともヤポン軍はいる筈なのだ。カイトはマリィが喜んでくれると思った。
「……」
「マリィさん? 」
いつものマリィなら高い声で「本当ですか!? 嬉しい! 」とでも言いそうなのに今日は返答すら無い。カイトが再び呼びかけると弱々しくこう返事があった。
「……ちょっと酔っちゃったみたい」
オートバイに長時間乗っていれば気分が悪くなっても仕方がないとカイトは思った。
「分かりました。でも後少しの辛抱ですからね! 我慢して下さい! 」
カイトはそれだけ言うと更にスピードを上げた。モールメンの街に早く到着して友軍と接触してしまえばマリィの気分もそれだけ早く良くなると思ったからだ。だがその時また銃声が響いた。
「……またか」
カイトはそう呟く。モールメンの街でヤポン軍とヒルマン人との間に小競り合いが起こっているのは間違いないと判断したカイトはそのまま街に入ることを危険だと考えて止めた。そして街の手前にある小高い丘に一旦オートバイを止めた。この丘からならモールメンの街で起こっていることが肉眼で観察出来ると思ったからだ。カイトは振り向いてオートバイの後ろに跨がるマリィにこう話し掛けた。
「マリィさん、もう街は目の前です。けど入る前にちょっと偵察しますね」
「……」
だがマリィからの返事は無い。マリィは俯いたままだ。
「マリィさん? 」
その時カイトはふとマリィの額に手を当てた。その瞬間カイトは思わず「えっ!? 」と叫んでしまった。マリィは高熱で苦しんでいたのだ。
「大丈夫ですか!? マリィさん! 」
「……大丈夫」
マリィはそう言葉を絞り出すのが精一杯だった。マリィはカイトを心配させまいと体調不良を伝えなかったのだ。
「気が付けずに……ごめんなさい」
カイトはそう言いながら毛布を地面の上に敷きその上にマリィを仰向けに寝かせた。ただの熱ではなくマラリアや赤痢であれば寝ているだけで治るものではない。薬と十分な栄養が不可欠だがカイトは勿論そんなものは持っていなかった。乾パンですらもはや食べ尽くしてしまっているのだ。
「まずい……まずいぞ! 」
リンパール作戦に参加した兵士の多くが飢えと病で倒れたというのをカイトは耳にしている。マリィを救う為には明るくなる前にこっそりと小競り合いが続くモールメンの町に忍び込み退却した友軍と合流してマリィの手当をしてもらうしかないとカイトは考えた。そしてカイトがマリィを背中に担ごうとしたその時だった。
「動くな! 」
それは紛れもないヤポン語だった。カイトは驚いて頭を上げると周囲を見渡し思わずこう叫んだ。
「撃つな! ヤポン軍だ! 」
「動くなと言っている! 」
友軍だと思って一瞬安堵したカイトであったがその声の主は姿を見せずにまるでカイトをベイ国兵士に見立てているような言葉をカイトに浴びせてくる。カイトは訳が分からなかったが取り敢えずじっとその場に立ち尽くすことにした。
「両手を挙げろ! 」
「おいおい、同じヤポン人じゃないのか? 」
「黙れ! 」
カイトは両手を挙げた。声の主はカイトの背後にある草叢に潜んでいるようでその流暢なヤポン語は外国人が発したものとは思えない。何故友軍の軍服を着用しているカイトに両手を挙げさせるのか理解出来ずカイトは混乱していた。すると声の主はカイトに質問をしてきた。
「食糧はあるか? 」
「ないな」
「では金はあるか? 」
「金もないぞ」
「ちっ! 」
ヤポン軍敗走というこの非常事態下でのその男からの食糧や金銭の要求と舌打ちでカイトはピンときた、この男はおそらく脱走兵なのだと。カイトはあのヤポン陸軍も落ちたものだと情けなくなった。
「おい! そこで寝ているのは女か? 」
「……そうだ」
カイトは嫌な予感がした。
「その女は俺がもらってやるよ、グヘヘ」
「彼女は病人だ。マラリアかもしくは赤痢に感染している」
「そんなの知るか! どうせこんなところで長く生きられる訳もねぇ! 俺がその女を死ぬまで可愛がってやるよ、イヒヒ! 」
「彼女は同じヤポン人だ」
「そんなの関係ねぇよ! グヘヘ」
その直後ガチャという音がした。
草叢の中の男がボルトを手動で操作し構えた小銃に弾丸を装填したのだ。
カイトの身体に緊張が走る。




