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モンスーンの雨と硝煙 そして君  作者: 菅谷 ケント
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二人の逃避行

「マリィさん、大丈夫ですか? 」

「まだまだ行けますよ、ふふっ」


夜のロングーンの街中を二人は寄り添って小走りに駆けた。人の気配がすれば路地裏で夜の闇に紛れ、人の気配がなければ通りを突っ切る、それを繰り返して二人は南東へ進みロングーンの街外れに近付いていた。このまま誰にも見つからずに移動出来ればカイト達二人は街を抜けていよいよモールメンへと続く密林と荒野に踏み入れることになるのだ。今のところ二人は元気一杯であった。


「これからもずっと徒歩での長旅になります。無理をせずに行きましょう」

「はい! ふふっ」


マリィはどこか楽しそうであった。まるでこの逃避行をデートのように思っているのかもしれない。それは世間知らずのお嬢様の呑気な気質が出てしまっているだけかもしれなかったがカイトはそんなマリィの態度が有難かった。変に暗く悲壮な感じを出された方がカイトも気が滅入ってしまうからである。

そんな時マリィはふとこんな質問をした。


「そういえばモールメンまでどれぐらい距離があるのですか? 」

「そうですね……300km程ですかね」

「えっ!? 300km? 」


それまで楽しそうだったマリィの表情が不安げなものに変わった。カイトは心配になって声を掛けた。


「結構長丁場なんですよね」

「うーん……」


マリィは何か考え込んでいる。カイトはマリィが落ち込んでしまうのではないかと思った。だが暫くするとマリィは笑顔に戻ってこう言った。


「おそらく一週間ぐらいは歩くことになるのかしら? お腹空くでしょうね。お風呂も入れないだろうなぁ。でもあたしチョコレート持ってきたんです。それにダイエットもしようと思ってたから大丈夫! お風呂問題も良く考えれば臭くなるのは二人共だから平気でしょ? ふふっ」


その台詞がマリィの呑気さから出たものか気丈に振る舞って出たものかはカイトには分からない。だがカイトは思った、絶対にこの女性を死なせないと。するとカイトの脳裏にマリィの両親の顔が浮かぶ。カイトはふと涙ぐんだが慌てて目頭を拭うと笑顔を作りマリィにこう言った。


「マリィさん、ありがとう。さぁ行きましょう!」

「はい!」


二人は意気揚々とまた歩き始めた。三十分も歩くとロングーンの街中を抜けて密林へ入り細い獣道を月明かりを頼りに歩いた。夜の森の中というのは恐ろしい。いつ野生動物に襲われるかもしれないのだ。カイトはいつでも腰からぶら下げたホルスターから拳銃を抜けるようにしつつマリィの手を引いて歩き続けた。その後漸く朝になり森の木々の間から朝日が差し込むのを見て二人は休憩を取ることにした。


「チョコレート食べませんか? 」

「私も乾パンならいくらかあります」


マリィが家の物置に隠れる時に使っていた毛布を地面に敷き二人はそこに座り並んでチョコレートと乾パンを口にした。その様子はさながら恋人同士のハイキングだったが二人ともほんの僅かな量しか食べなかった。この後食糧難になることは目に見えていたからだ。


「少し休みましょう」

「はい」


カイトはマリィを毛布の上に寝かすと自分は木を背にして座ったまま眠った。敵兵の気配を感じればすぐに起きられる為であった。二人とも寝ずに歩いたので疲労困憊だった。マリィは横になるとすぐにすやすやと寝息を立て始めた。カイトも寝ていないので目を閉じるとすぐにウトウトし始めた。だが何か物音がする度にカイトは目を覚まして周囲の状況を確認せねばならない。カイトは熟睡は出来なかった。その日は晴れていたのでカイトは発見されることを恐れて昼間の間はその場所にじっとして夕方から移動することにした。


「あ〜! 良く寝ました! 」


夕方になって周囲が少し暗くなってきた時にマリィがそう言って目を覚ました。肝の太い女性だと思いカイトは微笑みつつこう言った。


「おはようございます。お嬢様」

「あら、カイトさんは眠れまして?」

「私もまぁまぁ眠れましたよ」


カイトも浅い眠りではあったが少しは体力が回復したのを感じていた。カイトはマリィを立たせると地面に敷いた毛布をリュックにしまってからこう言った。


「さぁお嬢様、散歩に参りましょう」

「あら、素敵! お願い致しますわ」


二人は何処かの王子様とお姫様のような言い方とお辞儀をして笑いあった。だがふざけながらも体力がある間になるべく早くモールメンに到着せねばならないとカイトは考えていた。時速5kmで1日6時間歩けば30km進めるがそのペースでもモールメン迄は10日は掛かるのだ。だが無理は禁物ということも勿論心得ていた。


「自分のペースで良いですからね、早かったら言って下さい」

「ありがとう、カイトさん」


二人はまた暗闇の中をゆっくり歩き始めた。だが今宵は月明かりが少なく足元が覚束ない。カイトは昨夜より更に歩くペースを落とした。万が一足を挫いたりすればそれは時間ロスに繋がり食糧の手持ちの無い二人にとっては体力が更に削られることになる。カイトが最も恐れているシナリオはそれだった。だがマリィはカイトが期待していた以上にしっかりと歩いてくれた。


「あたし、散歩が日課だったの。走るのは苦手ですけど歩くだけならいくらでも歩けます」


そう言って笑顔を絶やさないマリィはカイトの気持ちも楽にさせてくれる。二人はその日も小刻みに休憩をしながら朝まで森の中を歩き続けた。そしてまた朝になると毛布を敷いて休憩し僅かなチョコレートと乾パンを口にした。だが食べ終えた直後にマリィの腹がグゥと鳴った。


「きゃっ! 恥ずかしい」


マリィが顔を赤くして両手で顔を覆った。カイトは慌ててこう言った。


「何も聞こえてませんよ! 」

「嘘ばっかり! 」


すると今度はカイトの腹がグゥと鳴った。二人は顔を見合わせて笑った。そしてカイトはこう付け加えた。


「モールメンに着いたら腹一杯食べましょう! それまでは大変ですがちょっと我慢して下さい」

「ふふっ、カイトさんありがとう。ダイエットだと思って頑張りますから大丈夫ですよ」


その後二人は睡眠を取り夕方になると起きてまた歩き始めた。カイトは空腹であまり寝られなかったがそれはマリィには言わなかった。マリィは相変わらず笑顔でカイトに接してくれていて不平不満は一切口にしない。その態度にカイトは助けられていたがマリィの体力については常に心配していた。だが歩みを止めることは出来ない。その夜も朝まで休憩を取りながらゆっくりとではあるが歩き続けた。

するとほんのりと夜が明けてきた時に二人の耳に何かが聞こえてきた。


「カイトさん!」

「しっ!静かに!」


二人は耳を澄ました。どうやらそれは自動車のエンジン音らしい。少しずつ大きくなってきて前方を見ると灯りが近付いてくるのが見える。


「一旦隠れましょう」


カイトはそう言うと小道の脇の茂みに身を潜めた。カイト達がいるところは木々が少なく明るくなりつつある空が頭上に広がっている。木々の生い茂った森林のど真ん中に比べると見つけられやすい場所だと思ったが自動車がどんどん近付いてくるのでもはや移動する暇はない。カイト達は僅かな木々の緑葉の間に紛れて見つからないのを祈るしかなかった。だがカイトが隠れようと言ったにもかかわらずマリィはやや中腰で葉と葉の間から近付いてくるライトに目線を向けている。


「マリィさん、伏せて下さい」

「カイトさん! 近付いてくるのはオートバイみたいですね」

「えっ!? 」


カイトはてっきり自動車だと思っていたがそれはマリィの言う通りオートバイであった。それまで暗くて気が付かなかったがカイト達は既に荒地に続く密林の出口近くまで到達していたのだ。荒地の真ん中を走ってくるオートバイは白々しい朝の中ではっきりとカイト達の目にその姿を晒している。もう彼我の距離は100mもなかった。カイトは腰にぶら下げた拳銃に手を掛けた。相手が一人なら射殺してでもオートバイを奪おうと思ったのだ。マリィの目の前で人を殺すということに抵抗はあるものカイトはやらねばならないと思った。そのうち食糧も尽きれば死ぬのは自分達なのだから。

ホルスターに伸ばしたカイトの手に汗がじんわりと滲んだ。

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