手を取り合って
カイトは階段を駆けて一階に降り立つと屋敷の裏に出た。月明かりがほんのりと照らす中を見渡すと小屋がある。この小屋がスガイヤの言う物置なのであろうとカイトは思った。
「あれかな…… 」
小屋の扉は空いており中に入るとガソリンの臭いが鼻を突く。壁には赤や黄色の塗料で汚れた棚があるが何も置かれていない。おそらく物色されて何もかもが持っていかれたのであろうとカイトは思った。天井からはチェーンブロックの鎖が垂れ下がり床は黒ずんでいる。
カイトはそれらのことからここではスガイヤが所有する自動車かオートバイの整備が行われていたのだろうと推測した。だが自動車やオートバイの類は屋敷の周辺には見当たらない。おそらくそれらもヒルマン人に既に盗まれてしまったのだろうとカイトは思った。
「……酷いもんだ。何でも盗みやがる」
カイトはそう呟きながら小屋の奥に入っていった。すると扉があり開けると小さな部屋がある。これもスガイヤの言葉通りだった。その小部屋に入りカイトは床を調べ始める。そこに地下へ通じる入口があると思ったからだ。その小部屋にはオイルまみれの絨毯が敷いてある。カイトはその絨毯を捲った。するとそこに扉のようなものがある。カイトはその扉に顔を近付けてこう言った。
「マリィさん、居たら扉を開けて下さい」
だが反応は無い。
カイトはもう一度声を掛けた。
「マリィさん、カイトです。扉を開けて下さい」
カイトは返事をじっと待った。
待つ時間がとんでもなく長くカイトには感じられる。
「駄目か……? 」
カイトが諦めかけたその時であった。
ガチャガチャと音がして扉が開いた。
「カイトさん! 」
真っ暗な地下室からマリィが顔を出す。その地下室は人が一人漸く入れる程の小さなものだった。マリィの表情には疲れが見て取れたが彼女はホッとしたような安堵の笑みを浮かべている。カイトは彼女の手を取るとその身体を地下室から引っ張り上げながらこう尋ねた。
「大丈夫ですか? どれぐらいここに潜んでいたのです? 」
「昨日の夕方ぐらいからいました。一時間前ぐらい迄ヒルマンの人の声が聞こえていて出たくても怖くて出られませんでした」
「私が来ましたからもう大丈夫ですよ」
マリィの身体を地下室から引っ張り上げた時丁度二人は抱き合うような格好になった。カイトは少し戸惑ったがマリィは全くそんな素振りを見せることなくカイトの胸に顔を埋めている。カイトはその身体が少し震えていることに気が付いた。女性が一人狭い地下室の暗闇の中で恐怖に怯えながら長時間潜むということはかなり辛いことであっただろう。カイトは強く彼女を抱きしめた。マリィの良い匂いがカイトを包む。カイトは笑顔になり思わずこう呟いた。
「……無事で良かった」
二人は暫くお互いの身体を支え合うように抱き合っていた。するとマリィも少し落ち着いたのであろう。マリィがカイトにふと尋ねた。
「そういえばカイトさん、あたしがここにいることをどうして知ったの? 」
そう言って胸に埋めていた顔を離し上目遣いでカイトを見つめるマリィの顔は愛らしい。カイトは咄嗟にこう嘘を付いた。
「あなたのお父様からマリィさんを助けるように言われました」
「お父様は? 」
「先にモールメンへ行かれました」
「え……」
「実は……マリィさんが地下に身を隠した直後にこの屋敷にも暴徒が押し寄せたのです」
「えっ!? 」
「御屋敷の中は散々に荒らされてしまいました。ですがヤポン軍が救援に来て暴徒を追い払ったのです。その時にスガイヤさんは私に地下に潜んでいるマリィさんを救出するように言われました。スガイヤさんは銀行とヤポン軍の都合で一刻も早くモールメンへ行かなければならなかったそうです。その為スガイヤさんはヤポン軍の護衛付きで先に出発されました」
「……そうなんですか」
「私達もこれから二人でモールメンに向かいましょう」
「お母様もお父様と一緒に行ったの? 」
「え? えぇ、お二人共先にモールメンで待ってくれている筈です」
「そうなのね……」
マリィは少し口を尖らせている。スガイヤが自分を置いて行ったことが不服なのであろう。カイトが慌てて宥めた。
「だいぶお急ぎのようでしたからね。さぁ、我々もお父様の後を追いかけましょう」
「……はい。そうね! 」
マリィは気持ちを切り替えたらしく表情を緩めてにこやかに微笑んだ。その疑いのない無垢な瞳を見つめているとカイトは辛くて心が切り刻まれるような気がした。だがこれから長い逃避行をしようというこのタイミングでマリィに両親の死を伝える訳にはいかないとカイトは心に決めていた。
「ところでマリィさん」
「はい、何です? 」
「スガイヤさんののアタッシュケースがここにあると聞いたのですが」
「父のアタッシュケース? 」
「持ってくるように言われてまして」
カイトはまた嘘をついた。真実を伝える訳にはいかないのだ。
「これかしら? 」
マリィがそう言って指し示したのは真っ暗な地下室の壁に備え付けられた棚に置いてあった黒いアタッシュケースであった。他にはそれらしいものは見当たらない。
「……それでしょうね」
マリィが取ってくれたアタッシュケースを受け取りながらカイトはそう言った。だがそのアタッシュケースは取っ手はあるが肩掛けの紐は無く持ちにくそうであった。するとマリィがこう言った。
「ここにリュックがありますわ」
「使わせてもらいます」
カイトはやや小ぶりなそのアタッシュケースをリュックに入れるとそれを背中に背負った。そしてマリィに向き直ると少し強い口調でこう言った。
「マリィさん、ヒルマンの人達はヤポン人を敵と見なしています。すぐにここを離れますよ」
「えっ!? すぐですか? 」
「はい、ヒルマンの人に見つかったら我々は終わりです。急いで」
「着替えを取りに行きたいのだけど……」
「そんな時間ありません! ヒルマン人はそこら中にいます。見つかればいつ殺されてもおかしくないのですよ! 」
「……分かりました」
マリィは渋々納得した。カイトはマリィを家の中に入らせないことに成功して少しほっとした。モールメンに行った筈の両親の変わり果てた姿を今見せる訳にはいかないのだ。カイトはマリィの手を引きながらこう言った。
「まだ暗いうちに街を出ますよ」
「……はい」
マリィは不安そうな顔をしている。カイトは気休めではあるが「私がついていますから大丈夫ですよ」と言ってマリィを元気付けようとした。するとマリィが少し顔を赤らめてこう言った。
「あたし……お風呂に入っていないんです」
「非常時だから仕方ありませんよ」
「あの……その……ちょっと臭いかも」
そう言って顔を赤らめて俯くマリィの顔をカイトは覗き込むように見てこう言った。
「大丈夫です。マリィさんより私の方が臭いですよ。そんなこと気にしないで」
「男の人は良いんです……あたし、恥ずかしい」
この非常時に体臭を気にしているマリィに普通なら苛つきを覚えそうなものだが何故かカイトにはそんなマリィがたまらなく可愛く見えた。カイトは笑顔でこう言った。
「ふふっ、さぁ行きましょう! 」
カイトはそう言うとマリィの手を引いた。マリィも吹っ切れたのか笑顔でカイトの手を握り返すと「臭かったら鼻をつまんで下さい! 」と明るく返した。
こうして若い二人は屋敷から手を取り合って外の道路へ出た。そして夜道をモールメンに向けて歩き始めた。




