荒廃した闇の中で
「……やっと着いたか」
夜道をこっそりと移動して敵兵に遭遇することなくどうにかカイトはスガイヤの屋敷の前まで来た。外から建物の中の様子を窺うが物音はしておらずヒルマン人が略奪しているような様子は無い。だが照明は全て消えており異様な程静まり返っているのが逆にカイトには不気味だった。スガイヤの屋敷の周辺の街灯も消えてしまっていて街全体が真っ暗である。
人の気配が無いのでカイトは思い切って物陰から飛び出るとスガイヤの屋敷の家の入口まで走った。だがやはり人の気配は感じられない。
「マリィさん……」
ふとカイトは呟く。ひょっとしたらマリィはスガイヤと共に家族でもう避難したのかもしれないとカイトは思った。もし誰も屋敷の中にいなければカイトはスガイヤ家族全員が避難したと信じるしかない。そして後は自分自身がどうやってモールメンに辿り着くかを考えれば良いだけなのだ。カイトはマリィ達がいないことだけでも確認出来れば良いと思いスガイヤの家の出入口の扉へ手を掛けた。すると扉には鍵が掛かっていない。カイトは嫌な予感がした。
「頼む……皆避難していてくれ」
カイトは心底そう願った。そして真っ暗な通路の中を足音を立てずに進んでいく。だがダイニングらしき部屋の中で誰かが倒れているのが見えた。カイトは思わず叫んだ。
「えっ!? 」
倒れているのは女性であった。
「う……嘘だろ」
カイトの手は震えていた。そして目は一瞬のうちに涙で一杯になった。そしてカイトはその倒れているのがマリィであるという事実を確認することが怖くて一瞬駆け寄るのを躊躇った。だがその時カイトはふと気が付いた。うつ伏せで倒れているその女性は髪の毛がマリィよりだいぶ長いのだ。カイトはダイニングに入り身を屈めた。近くでよく見ると倒れているうつ伏せの女性の髪の毛は巻き毛でマリィよりかなり長い。
「マリィさんじゃない……!」
その女性がマリィではないことにカイトは安堵の溜息を漏らしつつそう呟いた。だがカイトはすぐに倒れているのがマリィの母親のミツキであることに気が付いた。カイトはミツキの身体を仰向けにすると何度か「ミツキさん! ミツキさん! 」と声を掛けたが彼女からの反応は無い。身体はもう冷たくなってきており死後数時間が経ったと思われる。あの朗らかな笑顔が印象的だったミツキの変わり果てた姿にカイトは絶望を感じた。部屋は物色された跡があり彼女は現地人の略奪を阻止しようとして殺されたのであろう。カイトは彼女をフロアに仰向けに横たえると近くに置いてあった毛布を掛けてあげた。
そしてカイトは立ち上がりまた家の中を歩き始めた、スガイヤとマリィを見つける為に。カイトは階段を登って二階へ行きいくつかある部屋のドアを片っ端から開け始めた。だがマリィもスガイヤも姿は見えない。そしてカイトは二階の一番奥にある部屋のドアをゆっくりと開けた。ここに誰もいなければひょっとしたら二人は逃げることが出来た可能性がある、と僅かな希望を信じて。
「……また……泥棒か? 」
すると部屋の奥から辿々しい声が聞こえてきた。その部屋は書斎になっていて部屋の奥に机と椅子があった。声の主はカイトに背を向けたまま椅子の上に座り頭を垂れ足を投げ出している。カイトは思わず叫んだ。
「スガイヤさんですか!? 」
「……その声は……カイト君か」
カイトはスガイヤの元に駆け寄った。先程まで曇っていた空は晴れて窓から月明かりが差している。カイトはスガイヤをフロアに横にしたが白いワイシャツの腹辺りが血で真っ赤であった。
「しっかりして下さい! 」
カイトはそう言ったがスガイヤは頭を軽く横に振ってこう言った。
「いきなり賊が入ってきて撃たれた……ワシはもう助からん」
「気を強く持って下さい! 」
「もう駄目だ……分かるのだよ」
スガイヤの声はもう消え入りそうだった。カイトはあの快活だったスガイヤの今の辛そうな姿を見ていられず顔を背け目を閉じた。だがスガイヤは最後の気力を振り絞るようにしてカイトにこう言った。
「……カイト君」
「……はい」
カイトは目を瞑ったままそう返事をした。するとスガイヤが突然カイトの手を握ってきてこう言った。
「……この家の裏の離れに物置がある……賊が入る直前にマリィにはそこに隠れるように言っておいた」
「えっ! 」
スガイヤとミツキの姿を見てマリィの生存のことなどカイトは怖くて考えられなかったのだ。思わぬスガイヤの言葉にカイトは顔を上げてスガイヤの目を見つめた。
「……物置の奥の部屋の地下に人が隠れることが出来る小さなスペースがある。彼女に運が味方をしていれば……そこにまだいる筈だ」
「……スガイヤさん」
スガイヤの息が荒くなってきた。カイトはスガイヤの手を強く握り返した。
「……カイト君」
「はい」
「マリィが隠れている地下室には銀色の小さなアタッシュケースが隠してある……それを君にあげよう」
「アタッシュケース? 」
カイトは思わず聞き返した。だがスガイヤはその言葉には構うことなくこう続けた。
「鍵の番号は0046だ……それは君にとって必ず役に立つ」
「……はい」
「娘を……頼む」
「スガイヤさん! 」
最後の台詞の直後にスガイヤの身体から力が抜けるのがカイトには分かった。
カイトは目を拭いながらスガイヤの身体を部屋の横にあったソファに横たわらせてそっと毛布を掛けた。




