決意と別れ
その後三十分程カイトはサ・ガンの一行に混じって土手沿いの草叢の中を歩いていた。サ・ガン達と合流出来たことでカイトはそれまでの孤独から開放され撤退中とはいえ安心感すら得ていたのだ。だが歩いているうちにカイトは大事なことを思い出した。
マリィのことである。
カイトは歩くサ・ガンの後ろから慌てて話し掛けた。
「サ・ガン中将! 」
「何だ? 」
「……スガイヤさんはどうされたかご存知ですか? 」
その言葉を聞いたサ・ガンの後ろ姿は一瞬緊張に包まれたようにカイトは感じた。するとサ・ガンが足を止め振り返りこう言った。
「ヒルマン軍の武装蜂起の情報が入ったその日にスガイヤには避難するよう伝令の兵士を家に差し向けたんだが……」
「では避難されたのでしょうか? 」
「……伝令兵が帰ってこなかったのだ。どうなったのか分からない」
サ・ガンはまた振り返ると草叢の中を歩き始めた。その様子は親友の安否を確認すら出来ていないことに後ろめたさを感じているようだった。勿論そんなサ・ガンを非難する気はカイトには更々ない。それよりもカイトはサ・ガンと合流してほっとしていた自分を恥じていた。
そして意を決するとこう言った。
「サ・ガン中将、私は今からスガイヤさんの家へ行きます」
するとサ・ガンは再び歩みを止めてカイトの方へ振り返り睨むような視線を浴びせながらこう言った。
「カイト……」
「私が今やるべきことだと思います。行きます」
するとサ・ガンが少し険しい表情になってこう言った。
「もう略奪にでも遭って殺されているかもしれんぞ! 気持ちは分かるが今は自分の生命のことを最優先に考えろ! 」
「生命を賭してでも私には行く理由があります! 」
カイトは一歩も引かなかった。カイトのことを泣きながら案じてくれたマリィを放っておいて自分だけ逃げ出すことは男として絶対に出来ないことであった。サ・ガンは暫くの間カイトを睨みつけていたが暫くするとこう言った。
「私には今一緒にいる皆を指揮する義務がある。この行軍から離れることは出来ない。お前がどうしても行くというのなら一人で行ってもらうことになるぞ」
「最初からそのつもりです」
「一人でモールメンまで逃避行をすることになるんだぞ! 良いのか? 」
「覚悟しております」
カイトもサ・ガンの目を真っすぐに見つめ返している。するとサ・ガンがほんの少し表情を緩めてこう言った。
「……お嬢さんが気になるのか? 」
「はい」
カイトははっきりとそう返事をした。それまでは自分が生き延びることばかり考えていたがマリィの為に死ぬことになってもそれは仕方がないとカイトはこの時腹をくくった。カイトの覚悟を決めた目を見つめていたサ・ガンは暫くすると笑みを浮かべて「そうだな……」と呟いた後に大きな声でこう言った。
「分かった! 行ってこい! 」
「ありがとうございます! 」
二人は強く握手をした。するとサ・ガンはこう呟いた。
「本来なら……友人である俺が行くべきなのだがな」
「えっ? 」
「いや、何でもない」
サ・ガンは改めてカイトの顔を見て敬礼しつつこう言った。
「カイト少尉! 」
「はい! 」
「今から貴様に民間人救出を命令する」
「ありがとうございます! 」
カイトも答礼する。するとサ・ガンが小さくこう付け加えた。
「絶対死ぬなよ。スガイヤさん一家をモールメンまで連れてきてくれ……頼む」
「はい!」
「……ありがとう」
サ・ガンの瞳には薄っすらと涙が溜まっている。カイトすらサ・ガンとはこれが今生の別れになるかもしれないと思った。カイトはこう言った。
「では私は今から別行動を取ります。今までありがとうございました」
その後カイトは振り向いて一人で土手を登ろうとした。するとサ・ガンが不意にカイトを呼んだ。
「カイト! 」
「何でしょうか? 」
カイトがそう返事して振り向くとサ・ガンが小さな巾着袋を投げてきた。カイトがそれをキャッチするとサ・ガンがこう言った。
「乾パンだ。持ってけ! 」
カイトの目に涙が溢れた。貴重な食糧を餞別として与えてくれたサ・ガンにカイトは深く頭を下げると涙声で再び「ありがとうございました」と言った。そしてカイトはサ・ガンにまた背を向けると土手を上がってその場から走り去った。
「カイト……死ぬなよ」
サ・ガンはそう言うとカイトの背中が見えなくなるまでずっとその場で立ち尽くし見送った。




