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モンスーンの雨と硝煙 そして君  作者: 菅谷 ケント
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川に潜む目

川はかなり大きくて深い。水中に潜ったカイトだがその後呼吸をする為に水面から顔を出した。するとカイトは頭上がざわついているのを何となく感じた。「まずい! 」とカイトが思った直後にカイトの周囲に水しぶきが上がる。橋の上から敵兵が銃撃を始めたのだ。水面をパシャンパシャンと叩く小銃弾の音を間近で聞くのは恐怖でしかない。カイトは思いっきり息を吸うと深く潜った。浅いところを泳いでいては敵弾が身体に当たるかもしれないと思ったからだ。幸い河の流れは雨季で水嵩が増していることもありかなり早い。カイトは敵兵から離れるまで呼吸を我慢して水流に身を任せた。そして限界に達しようとした時、カイトは再び水面上に頭を上げた。


「ぶはぁっ! 」


カイトが呼吸をする為に水上に現れた場所はまだ敵兵の射程内であった。すぐに敵の銃撃が始まる。カイトは慌てて息を吸うとまた潜った。それを繰り返すこと数回、漸くカイトは敵兵の銃撃の射程距離から逃げることに成功し周囲は静かになった。


「カイト少尉! 大丈夫ですか!? 」


流されていくカイトの後方の水面からオーキが現れてカイトにそう言葉を掛けた。オーキもどうやら無事らしい。カイトは振り向くと笑顔になって「大丈夫です! 」と答えた。


「この川はロングーンの街の中心に向かって流れています。このまま流されていけば楽チンですよ! 」


オーキはそう言って笑った。だが大きな川とはいえ二人の男が流されているのは目立つのだ。敵に見つかればまた撃たれるのは目に見えている。水に流されながらカイトはオーキにこう言った。


「そろそろ上がりましょう! 」

「ふふっ、分かっていますよ」


オーキの発言は冗談のつもりだったらしい。二人は流されながらもゆっくりと川岸に近づいていった。


「ふぅ! 」


カイトは岸に辿り着きどうにかその身体を水中から引き上げた。激しい疲労がカイトを襲う。濡れて重たくなった軍服を纏ったまま岸を這い上がるという動作は今のカイトにはかなりの重労働であった。その後草の生えた岸の上に寝転んで僅かに息を整えた後カイトはふと川面に目を遣る。するとオーキが漸くカイトがいるところから10m程離れた岸に辿り着いたところだった。老兵でもあるオーキにとってのこの水中の逃避行はカイトよりも辛いものに違いない。カイトは声援のつもりでこう声を掛けた。


「オーキさん、早く上がって下さい」

「ふぅ! やっと岸に辿り着いたよ」


だがそう言ってオーキが笑顔を見せた直後だった。オーキの顔が恐怖で一瞬引きつったようにカイトには見えた。そして次の瞬間オーキは「うわぁ! 」という悲鳴と共にその身体が水の中に再び没した。


「オーキさん! 」


カイトは思わずそう叫ぶと立ち上がって川面に駆け寄った。オーキは何処へ行ったのだろうと目を凝らして川面を凝視した。その時カイトは思わず足が竦んだ。


「えっ……!」


川の中には沢山の鰐がいたのだ。全長がカイトの身長を優に超える2m以上の鰐が何匹もいる。するとそのうち川面の一部がドス黒い赤色になった。カイトはそれが何かすぐ分かった。オーキの血であった。


「……嘘だろ」


カイトはそう呟いて泣いた。戦場であれだけ頼りがいのあるベテランのオーキが鰐に食われてその生命を今目の前で落としたのだ。悲惨な運命を用意する神をカイトは泣きながら呪った。だがカイトに与えられた呪う時間は僅かであった。カイトが立ち尽くしている間にも川面から目だけを出してカイトを狙っている鰐が何匹もいたからだ。カイトは一歩間違えれば自分が鰐の餌になっていたことを想像しぞっとした。そしてカイトは鰐達が近づいてくる前にその場を走り去らざるを得なかった。カイトは岸辺から離れて人気の無さそうな草叢を見つけてそこに身を隠すとミヒャエル、アキヨシ、そしてオーキの凄惨な死に様を思い出して暫くの間泣き続けた。

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