略奪者
カイトが指示を出すと皆渋々と小銃を地面に置いた。するとムルアカは突然ニヤリと笑みを浮かべてカイトにこう言った。
「ミスターカイト、君ともう一人の少尉は後ろの小屋に入れ。士官だから丁重に扱ってやるよ」
もう一人の少尉とは勿論オーキのことだ。二人は腰の拳銃を取り上げられるとそのまま小屋の中に連れていかれた。その小さな小屋には部屋は一つしかなく中央に丸いテーブルと三つの椅子が置かれていた。カイトとオーキは並んでその椅子に座らされて残りの一つにはムルアカが二人にテーブルを挟んで対峙して座った。カイトとオーキの後ろには兵士が二人いる。見るからに筋骨隆々なその二人の兵士は威圧感を放っていた。
「さぁて、まずは有り金を全て出せ」
足を高く組んでムルアカは笑みを浮かべながらそう言った。オーキがカイトに小声で尋ねた。
「何て言ってるんだ? 」
「金を払えって言ってます」
「はぁ? 」
オーキが呆れたような顔でそう言った瞬間ムルアカがオーキの背後に立つ兵士に目配せをした。するとその兵士が突然オーキの顔を殴りつけた。
「早く出せ! 」
ムルアカはそう声を荒げた。これ以上何を言っても駄目だと思いカイトは懐に忍ばせていた数枚の紙幣を取り出し机の上に置いた。するとムルアカがその紙幣を手に取る。
「これは何だ! 」
ムルアカは突然怒り出して椅子に座っているカイトに近づくとその腹に強烈な蹴りを入れた。カイトは椅子ごと後ろに吹っ飛ぶがそれを屈強な兵士が受け止めてまた椅子ごとカイトを元の位置に戻した。
「軍票なんか要らねえんだよ! ヒルマンの金は無いのか!? 」
カイトが出した紙幣は殆どがヤポン軍の発行した軍票でありヒルマンの現地紙幣は僅かしかなかったのである。ヤポン軍が戦争に負ければ軍票はただの紙切れになるのだ。
「……それしか無えよ」
カイトがそう言葉を絞り出すとムルアカはもう一発蹴りを入れてきた。カイトは態勢を崩し椅子から転げ落ちたがまたカイトの後ろに立つ兵士が彼の身体を起こして椅子に座らせた。
「おい! そっちの老いぼれは金はあるのか!? 」
今度はムルアカがオーキに叫んだ。オーキは言葉は分からないが既に財布を机の上に差し出している。その財布を手に取るとムルアカは急にニヤニヤとし始めた。
「こっちのジジイはそれなりに持ってるじゃねぇか! グヘヘ」
カイトとオーキは腕時計も取り上げられた。このご立派な略奪行為にカイトもオーキも怒り心頭であったがこれ以上殴られたり蹴られたりするのは嫌なので二人は黙っているしかなかった。
「では次だ。カイトよ、ヤポン軍がヒルマンに展開している兵力について話せ」
上機嫌になったムルアカは今度は笑顔でそうカイトに話してきた。カイトは怪訝な顔でムルアカを見た。
「兵力だと? 」
「どの都市にどれぐらいの兵力が展開しているかを話すのだ。俺達はその情報をベイ国に手土産として渡す」
そう言うとムルアカは高笑いをし始めた。だがカイトはポツリとこう言った。
「……知らねぇよ」
すると次の瞬間ムルアカがカイトの顔を思いっ切り殴りつけた。カイトは横に吹っ飛び倒れ込む。
「嘘をつけ! 将校なら知っているだろう! 」
床に寝転んだカイトをムルアカは力任せに蹴り始めた。強烈な蹴りの一発が鳩尾に入る。
「ぐぇっ……! 」
カイトは一瞬息が出来なくなった。だがムルアカの蹴りは暫く止まない。カイトは「今日ここでこの男に殺されるかもしれない」と思うと悔しくて泣きそうになった。
「おい! 起こせ! 」
ムルアカがそう言うとカイトの後ろに立つ兵士がカイトの身体を起こし椅子に座らせた。その時ふとその兵士の腰にぶら下げられたホルスターがカイトの目に留まる。だがフラフラのカイトに為す術は無かった。カイトはその後意識を失って頭を垂れたががすぐに後ろに立つ兵士に力尽くで顔を上げさせられた。
「カイト、早く話した方が良いぞ」
ムルアカはそう言うと煙草を取り出して火を付け煙を吐き出し始めた。それは「ほまれ」という銘柄のヤポン製の煙草だった。それを見るとカイトの心の中に怒りの炎が再び燃え上がった。するとその時だった。ブォーンと大きな音が聞こえ始めた。小屋全体も小刻みに震えている。
「何だ? 」
ムルアカはそう言ったがカイトにはそれが飛行機の接近によるものだとすぐ分かった。すると次の瞬間「ドォーン! 」と大きな爆発音がして小屋が大きく揺れた。ベイ国空軍による爆撃だろうとカイトは思った。ムルアカは不安そうに窓の外に目を遣っている。その時カイトとオーキは何故か引きつけられるようにお互いの顔を見た。カイトはそれをオーキの合図だと思った。ムルアカ達は明らかに浮足立っておりチャンスは今しかないのだ。カイトは自分の後ろに立つ兵士に素早く腰を回転させて思いっ切り肘打ちを喰らわした。
「ぐえっ! 」
カイトの肘打ちは見事にヒルマン兵士の股間を直撃した。上半身を屈めたヒルマン兵士に対してカイトはそのまま振り返ると顔面に強烈な膝蹴りを喰らわした。横ではオーキがもう一人の兵士に殴りかかっている。
「ヤポン人! 止めろ! 」
ムルアカがそう背後で叫ぶ。だがカイトは「止めるかよ! 馬鹿! 」と叫びながら膝蹴りで鼻血を出しているヒルマン兵士に飛びかかってその腰にぶら下げられた拳銃をホルスターから抜き取った。ヒルマン兵士はカイトの強烈な膝蹴りで意識が朦朧としており何も抵抗出来ないのだ。カイトはそのままその兵士の背後に回りこんでその兵士をムルアカに対する盾とした。
「これでも俺を撃てるかい? ムルアカさんよ」
カイトはそう叫んでムルアカを見た。するとムルアカは腰のホルスターから慌てて拳銃を抜こうとしている最中であった。カイトはこの好機を逃すまいとばかりに兵士の肩越しからムルアカへ二発発砲した。「バン! バン! 」と音がして一発は外れたがもう一発はムルアカの右肩に命中した。
「痛えっ! 」
ムルアカはそう叫んだがホルスターの拳銃をまだ抜こうとしている。カイトは更にもう一発をムルアカの眉間のど真ん中に撃ち込んだ。血が飛び散った後ムルアカは虚ろな両目を天井へ向けてそのまま後方へドサリと倒れ込んだ。
「カイト少尉! 」
すると隣で敵兵と格闘しているオーキがそう叫び声を上げた。カイトが二人を見ると敵兵がカイトに背中を向けてオーキと取っ組み合いをしている。カイトは敵兵の背中に向けて再び「バン! 」と一発発砲した。敵兵はその場でオーキにもたれ掛かるように崩れ落ちた。
「あ、ありがとうございます。助かりましたよ」
オーキは自分の上から身体を預けてきた敵兵の屍の下でカイトにそう礼を言った。カイトは最後に自分の盾としていた敵兵にも情け容赦無く止めの一撃を加えるとオーキにこう言った。
「オーキさん! 逃げましょう! 」
「勿論です! 爆撃もどうやら終わったようですね」
小屋の中の敵兵は全て倒したが外には敵兵がまだ大勢いた。だが彼らは爆撃で混乱していて小屋の中にいるムルアカ達が死んだことには気が付いていない。窓から外の様子を覗いながらオーキがカイトにこう言った。
「小屋の裏に川がありますね……」
「そうですね」
カイト達がいる小屋の裏に幅10mぐらいの大きな川が流れている。カイト達が歩いてきた小屋の横を通る道路を真っすぐ歩くとそこには木で出来たちっぽけな橋が掛かっていてその周辺に敵兵士とヤポン軍の兵士が何人か倒れていた。おそらく先程のベイ国の爆撃で負傷したのだろう。その負傷兵の周りを怪我をしていない兵士が何人か救護に当たっている。その様子を見てオーキが小さくこう言った。
「……今なら逃げれますよ」
「逃げましょう」
カイトは即答していた。負傷した戦友には気の毒だがカイトとオーキの二人だけでは彼らを救うことは出来ないとカイトは思ったからだ。速やかにロングーンの街に入りヤポン軍司令部へ行って応援を要請するしか彼らを助けることは出来ないとカイトは考えていた。
「川へ飛び込みましょう! 」
「はい! 」
二人は奪われた拳銃や時計、そしてお金を奪い返すとそっと小屋から出た。そして橋からの死角を歩き誰にも気付かれないうちに川辺へたどり着くとそのまま川へドボンと飛び込んだ。




