激戦
8.8㎝高射砲は強力であった。カイトが初めて見たM3中戦車すらもいとも簡単に引き裂いてしまう。既に敵戦車は四台が撃破されていた。ミヒャエルの射撃技術は素早く正確でこのまま敵の攻撃を撃退出来るとこの時カイトは確信していた。だがカイトが次に「ミヒャエル! もっとやれ! 」と叫んだ次の瞬間であった。敵の榴弾が8.8㎝高射砲の近くで炸裂した。カイトは反射的に身を伏せた。
「砲弾の運搬係りが一人殺られたぞ! 」
キーンと耳鳴りがする中頭を上げるとカイトのすぐ横で兵士が一人仰向けに倒れていた。目を大きく見開き口から血を流したまま微動だにしない。カイトは「ヒッ! 」と小さく悲鳴を上げた。
「この野郎! 」
ミヒャエルがそう叫びながら反撃する。するとこちらに砲を向けていた敵戦車の一台の旋回砲塔が突然爆発と共に空高く舞い上がった。ミヒャエルの砲撃は神懸かっているとカイトは思った。だが敵の砲撃も正確になってきている。次の瞬間また至近距離で敵の榴弾が炸裂した。
「ぎゃあっ! 」
「今度は装填手が殺られたぞ! カイト! 変われっ! 」
ミヒャエルが指示をだす。もう悲鳴を上げている場合ではない。カイトは死体を押しのけると大急ぎで徹甲弾を砲身に押し込んだ。
「徹甲弾装填完了! 」
カイトがそう叫ぶとすぐにミヒャエルは射撃をした。轟音が響き渡る。だがその後カイトは突然自分の身体が宙に舞ったのを感じた。気が付くと8.8㎝高射砲の横で大の字になって塹壕の中で寝転がっている。さっきより耳鳴りが酷くなり身体中が痛い。反射的に「負傷した! 」と感じてカイトは自分の両手両足を見回したが出血はしておらず骨も折れてはいないようだった。ふと8.8cm高射砲を見ると砲盾は変形しており今まで地面と平行だったその長い砲身がやや垂れ下がっている。おそらく8.8cm高射砲の前面付近に敵の榴弾が着弾したのであろうとカイトは思った。8.8cm高射砲が盾となってくれたお陰でカイトは助かったのだ。だがその時8.8cm高射砲の横で誰かが倒れていることにカイトは気が付いた。
「ミヒャエル! 」
カイトは痛む身体をどうにか動かしてミヒャエルのところへ駆け寄った。するとまた敵の榴弾が近くで炸裂する。「ここにいては危ない! 」そう思ったカイトはミヒャエルの身体を引きずりながら塹壕の中を少しでも8.8cm高射砲から離れようとした。
「カ……カイト」
「大丈夫か? 」
その時カイトは初めてミヒャエルの顔を見た。カイトは地面に仰向けのミヒャエルの襟首を無理矢理引き摺っていたが硝煙と土で黒く汚れているその顔は苦しそうだった。するとミヒャエルはハァハァと荒い呼吸をしながら言葉を絞り出そうとした。カイトはミヒャエルの身体を引き摺るのを止めて顔をミヒャエルに近づけた。
「カイト、撤退しろ」
「……! 」
「8.8cm高射砲はもう駄目だ」
ミヒャエルは傷つきながらも今目の前で起こっている事態を把握している。
「例の手を使え」
「……分かった」
それだけ聞くとカイトはまたミヒャエルの身体を引き摺ろうとした。するとミヒャエルは慌ててその動きを制するような仕草をした。慌ててカイトがミヒャエルに尋ねる。
「どうした!? 」
「俺を……ここへ置いていけ」
「何を言っている! 」
「防盾を突き抜けた破片が脇腹にめり込んでいる。俺はもう駄目だ」
そう言われてカイトは慌ててミヒャエルの脇腹を見た。するとミヒャエルの右脇腹の辺りは軍服が鮮血で染まっている。軍服を捲ると鉄の大きな塊がミヒャエルの肋骨の下辺りに深く突き刺さっていた。カイトにもそれが致命傷になる傷だということはすぐに理解出来た。
「ふふっ、懲罰大隊から潜水艦に乗らされてこんな辺境の地で死ぬのか……俺の人生は何だったんだろうな」
ミヒャエルのその言葉を聞いてカイトは声を詰まらせながらこう言った。
「ミヒャエル……すまない。俺がお前を引きずり込んじまった」
「いや、良いんだぜ。懲罰大隊で死ぬよりは……百倍良いぜ」
呟くようにそう言った後伏し目がちだったミヒャエルはカイトの目を改めて見てこう言った。
「早く皆に……撤退を知らせろ」
「ミヒャエル……」
「早く! 」
カイトは溢れる涙を拭いながら立ち上がるとミヒャエルに背を向けてその場を走り去った。そして塹壕の中に潜む皆にこう大声で叫んだ。
「全員撤退だ! 全員撤退しろ! 」
皆が一斉にカイトを見た。




