M3中戦車
カイト達がスチュアート戦車隊を撃退したことはベイ国の侵攻を多少なりとも遅らせた一因になったのかもしれない。というのもそれから二週間程はカイト達の潜む森の前に敵が現れることはなかったからだ。だがその代わりにカイト達の潜む森林には断続的に砲撃が加えられるようになった。カイト達は虎の子の8.8cm高射砲の上に簡易の掩体を作ったりしてベイ国の砲撃から8.8cm高射砲を護ろうとしていたが盲撃ちの砲撃が8.8cm高射砲を直撃するような不運はカイト達には振りかからなかった。砲撃の次の脅威は航空機による爆撃だったがこの時期は雨季であり天候は常にどんよりとしている為精密な爆撃をすること自体が不可能であった。今のところ天候はヤポン軍の味方であった。
「だが奴らは来る。雨季が終わるのを待つなどと悠長なことを考えてくれる程敵は甘くない筈だ」
オーキはいつもそう周囲に漏らしていた。カイトが潜む森林にはロングーンの現地徴用兵が応援として何人か来てくれたので総勢は七十人となり機関銃などの装備も改めて支給されたので士気は上がっていたのだがその上でオーキの言葉は部隊を引き締めていた。そしてカイト達が勝利してから十五日経ったある日の朝、敵は遂にやってきた。
「敵の砲撃だぞ! 全員伏せろ! 」
その日は前日の夜中から激しく雨が降っていたがその泥濘んだ大地の上で砲弾が炸裂する。カイトは恐ろしさのあまり地面に突っ伏して頭を両腕で抱えていた。何度経験しても砲撃の恐ろしさにだけはカイトが慣れることは出来なかった。
「今日も……長いな」
爆風と泥と火薬の匂いの中でカイトは歯を食いしばりながら思わずそう呟いていた。そしてカイトは「今日は敵の地上部隊の侵攻がある」と確信していた。その後二十分間にわたって敵の砲撃は続いた。
「ミヒャエル! 大丈夫か!? 」
「あ、あぁ」
敵の砲撃の最中もカイトとミヒャエルはお互いの無事を確認しあった。そして砲撃が終わった後も二人には安心する暇はない。荒野の遥か彼方から金属音が擦れる激しい音が聞こえていたからだ。二人ともその音が何かがすぐ分かった。
「戦車だ! 」
「……来たな」
カイトは双眼鏡を取り出して前方を見据えた。するとカイトは一瞬息を呑んだ。
「どうした? 」
その異変に気が付いたミヒャエルがカイトにそう声を掛けた。カイトは暫く双眼鏡を覗いていたがその後ポツリとこう言った。
「敵の大型戦車が……近づいてくる」
「大型戦車? 」
ミヒャエルがカイトの双眼鏡を借りて前方を見た。するとミヒャエルが「ふふっ」と笑ってこう言った。
「カイト、スチュアートよりデカいからってビビるなよ。あれはM3中戦車でグラントという名前だ。ウドの大木さ」
「本当か? 車体前部に大型の砲を積んでるぞ! 」
「あの砲は撃てる角度が限られているし大したことはない。先にこちらが当てれば問題無いのだ。あいつは図体がデカいから狙いがつけやすいしな。ただ問題は数だな」
敵の大型戦車は十台が横一列になって近づいてきた。その後方には歩兵が続いている。
「一番近い右側のグラントから殺るぞ!徹甲弾装填しろ!」
ミヒャエルがそう言いながら8.8cm高射砲を右へ旋回させた。今回の戦闘では前回と違って敵の数が多いので引き寄せたりはしないらしい。カイトは全てをミヒャエルに任せた。
「距離八百! 」
「ファイヤ! 」
ミヒャエルが放った弾丸は惜しくも外れた。敵戦車の横で土煙が舞い上がる。カイトは叫んだ。
「右にずれたぞ! 」
「左に微調整する。次弾装填急げ! 」
ミヒャエルの態度に若干焦りのようなものがあることにカイトは気が付いていた。敵の数は前回の戦闘時より遥かに多いのだ。それも止むを得ないとカイトは思った。
「次こそ外さねえ……」
ミヒャエルはそう呟きながら次の砲弾を放った。おそらくミヒャエルはその言葉で浮ついた自分の気持ちを落ち着かせようとしたのだろう。するとミヒャエルの放った砲弾は見事に命中しM3中戦車は大爆発を起こしてその動きを止めた。カイトが叫ぶ。
「やったぞ! 」
だが敵は今の砲撃で密林の中とはいえこちらの位置を大まかに把握したのであろう。M3中戦車は残った九台のうち五台がその動きを止めてこちらに砲撃をしてきた。車体前部に装備された大型砲が火を噴きこちらの陣地周辺に爆発が起こる。カイトが頭を両腕で押さえながらまたミヒャエルに叫んだ。
「いくら8.8cm高射砲が強力とはいっても直撃を喰らったらお終いだ! 」
「こっちは薄い砲盾一枚しか身を護るものがないからな……」
そう言いながらもミヒャエルはこちらに砲を向けている敵戦車の一台に狙いをつけている。次の瞬間轟音が響きカイトは反射的に両手で両耳を塞ぎ目を閉じて伏せた。そして次に目を開けるとミヒャエルに狙われていた敵戦車が火を噴き黒煙を上げている。ミヒャエルはその後も続けざまに二台の敵戦車を炎に包まれた鉄塊に変えた。こうなるとヤポン軍陣地の気勢は嫌でも上がる。戦車の後ろに続く敵歩兵達にも盛んに友軍陣地から機関銃の掃射が浴びせられた。
「いける! 勝てるぞ! 」
カイトは思わずそう叫んでいた。




