合流
その日の夜カイトは司令部へ戻るとサ・ガンの部屋を訪れてこう報告した。
「スガイヤさんはご不在でしたのでお嬢様に封筒を渡してきました」
「そうか、ご苦労だったな」
サ・ガンはそれだけ言うと黙ってしまった。サ・ガンは酔った時以外はそれほど口数が多い訳ではないが今日はどこかいつもと違うとカイトは思った。
「……何かありましたか? 」
「いや、実はな……」
サ・ガンはカイトがマリィと会っている間にノザワのところに行ってロングーンからのヤポン民間人の避難について提言したらしい。だがその時のノザワは俯き加減で目が虚ろ、その上空返事ばかりだったという。
「黒豚が……いや、失礼! あの人が……そんな態度だったんですか? 」
「そうなのだ」
カイトは信じられなかった。常に上から目線で口を開けば自分の自慢話しかしないノザワのそのような様子は想像出来なかった。
「敵がいよいよロングーンに迫ってきているからおかしくなってきたんでしょうか? 」
「……かもしれん。こんな時だからこそ司令官には毅然としてもらいたいのだがな」
カイトはその後自分の宿舎に戻った。ノザワの態度は少し気にはなったが何時までもそんなことを考えてはいられない。明日はいよいよ最前線に戻るのだ。怖い気持ちは勿論あったが敵戦車に一泡吹かせたい気持ちの方が今のカイトには強かった。カイトは小さくこう呟いた。
「やってやる。そして生きて帰る」
翌日の早朝にカイトは出発した。8.8cm高射砲はトラックに牽引されカイトはそのトラックの荷台にミヒャエルと一緒に乗り込んだ。荷台には幌が掛けてあり視界は遮られていてトラックの後方だけしか外の様子は見えないようになっていたがカイトはそこから遠くにサ・ガンの姿を認めた。カイトが黙って敬礼をするとサ・ガンも敬礼をするのがはっきりと分かった。
「出発します! 」
誰かがそう叫んだのと同時にトラックが動き出した。今日も天気は悪く幌を雨が叩いてパラパラと音がしている。するとミヒャエルがこう言った。
「この雨ならば敵の航空機による攻撃の心配は必要無いな」
「あぁ、そうだな」
その後トラックは無事に目的地まで到着した。移動時間は車で一時間程で敵がロングーンのすぐそこまで近づいていることをカイトはこの時改めて実感した。
「よし、それでは8.8cm高射砲の設置をこれから始める。全員スコップを持て! 」
工兵の士官がそう言うとトラックに乗っていた全員が荷台から降りた。地図を見ながら8.8cm高射砲の大まかな設置位置を確認しそこまで人力で運ぶのだ。舗装されていない地面の上で皆が台車に載せられた巨大な8.8cm高射砲を押すのだがこれはかなり大変な作業だった。どうにか人海戦術で8.8cm高射砲を指定された場所まで運ぶと次は皆が黙って地面を掘り始めた。台車をそこに埋めるのだ。かなり大きな穴を掘らねばならず全て人力の為作業は難航したが雨の為土が柔らかくなっていることが唯一の救いだった。こうして作業開始から翌日に漸く8.8cm高射砲の設置は完了した。だがミヒャエルは作業の手を休めようとはせずカイトにこう尋ねた。
「カイト、敵が来るのはいつ頃になりそうだ? 」
「今のところ敵が近づいてくる気配はない。斥候を出したが今のところ何の情報も無い」
「カイト、この陣地はロングーンを護る最後の砦だ。高射砲の設置だけでは防御は不十分だと思う。敵兵の接近を阻止する為に塹壕も準備するべきだ」
「確かにそうだな」
カイト達は今度は塹壕を掘り始めた。そうして二時間程作業をすると不意に兵士の一人が森林の中から前方に広がる荒れ地を指さしてカイトにこう言った。
「少尉殿、前方より兵士が歩いてきます! 」
「えっ!? 」
「友軍の兵士のようです! 」
「何っ!? 」
カイトは目を凝らした。すると確かに前方から二十人程のヤポン軍兵士が雨の中をこちらに歩いてくるのが見えた。皆よろよろと歩き軍服はズタボロで中には小銃すら持っていない者もいる。濡れ鼠のようになって歩く彼らの様はまさに敗残兵そのものであった。
「ありったけの食糧と医薬品を用意しろ! 」
カイトは近くにいた兵士にそう伝えると「こっちだ! 戦友! 」と叫びながら森林を飛び出て荒地に立ち手を振った。すると彼らはカイトに気が付き近づいてくる。その先頭に立っていたのはアキヨシであった。小銃を杖にしてよろよろと歩きながらも土で真っ黒になった顔にアキヨシは笑みを浮かべていた。カイトの目からはいつの間にか涙が零れていた。
「アキヨシ! 」
「カイト少尉! 」
二人は抱き合って再会を喜んだ。アキヨシもいつの間にか目に涙を浮かべている。他の兵士も皆泣いていた。彼らは死を覚悟していたのだろう。合流した途端に安心したのか倒れて動かなくなる兵士も何人かいた。カイトは彼らを天幕を張った塹壕の中に招き入れて水や食糧を与えた。食糧とはいっても乾パンしか無かったが彼らはそれを喜んで食べた。皆痩せ細っている。今回構築した陣地はロングーンから近いので食糧の補給はこれまでの最前線と比べるとまだマシであった。カイトはアキヨシに煙草を渡すとアキヨシは美味そうにそれを飲んだ。
「煙草なんて一ヶ月ぶりですよ……生き返ります」
「大変だったろう? 」
「少尉がロングーンに戻られてから暫く敵の攻撃は無かったのですが……四日前に敵戦車が攻勢を掛けてきて戦線が崩壊しました」
「また戦車か……」
「大勢……死にました」
アキヨシは項垂れて黙り込んだ。辛い戦いであったに違いない。カイトはアキヨシの肩をポンポンと軽く叩いた。するとその時カイトは背後から声を掛けられた。
「カイト少尉! 」
「オーキさん! 」
カイトが振り返るとそこに立っていたのはオーキだった。オーキは木の枝を杖にして立っていて右腕の上腕には包帯が巻いてあり血が滲んでいる。表情はにこやかだがそれでも疲労しているのは明らかだった。カイトはこう言った。
「オーキさん、ゆっくりして下さい」
「ありがとう、だがそうもしていられない。敵は必ず近いうちに来るぞ」
「こいつで迎え撃ちます」
カイトは森林の中にひっそりと佇む8.8cm高射砲を指さしてオーキに説明した。
「こいつはドク国の高射砲で対戦車戦にも使える万能砲です。ロングーンに漂流したドク国の潜水艦から借りてきました。彼がこの砲の技術者兼射手のミヒャエルです」
カイトはオーキにミヒャエルを紹介した。ミヒャエルとカイトは握手をかわす。その二人の横でカイトはオーキにこう言った。
「オーキさん、この部隊の指揮を取って下さい。私が指揮官では心許ない。実戦経験が一番豊富なのはあなたです」
「分かりました」
「では今のうちに食事と休憩をして下さい」
「ありがとう」
オーキはその後支給された乾パンをバリバリと食べると天幕の下で横になった。余程疲れていたらしくオーキはその後五時間程起きなかった。夕方に漸く目が覚めたオーキはその後カイトを交えてミヒャエルと打合せを始めた。そしてアキヨシもカイトの横で話しに加わった。




