義理
翌朝から8.8cm高射砲の砲撃試験が始まった。砲撃の衝撃に台車と溶接部が耐えられるかの確認とヤポン兵による8.8cm高射砲の取り扱い方法の修得が目的であった。高射砲を取り扱ったことがある兵士数名が選抜され8.8cm高射砲の周りに群がりミヒャエルが取扱説明をしてカイトがその通訳をした。午後には港の一角に8.8cm高射砲が台車ごと固定されていよいよ砲撃が始まった。
「砲撃用意! 目標、前方500mの自動車残骸! 」
「榴弾装填せよ! 」
ヤポン軍兵士が8.8cm高射砲の大きな砲弾を抱えて砲身の中に押し込む。それはまるで巨大な金属の筍であり身体の小さいヤポン人にはなかなかの重労働であった。
「装填完了! 」
「照準良し! 」
「撃て! 」
カイトは次の瞬間耳を塞ぐ。すると「ドォーン! 」という大きな音と共に砲弾が発射された。500m先の自動車の遥か後方に大きな爆発が起こる。
「おいおい! 」
「何処狙ってんだ! 」
台車と溶接部の強度は問題無いことが分かり砲弾の装填だけはかなりスムーズになったが肝心の照準の方はなかなか上手くいかなかった。砲弾が200発程しかないので訓練で砲弾を消費したくないのだが最初に放った5発の砲弾は目標にかすりもしない。初めて扱う砲を水平に撃って目標に命中させるということはかなり難しいようであった。その上実戦では敵は動くのだ。
「どうしましょう? 」
「どうしたものかね」
サ・ガンとカイトが頭を抱えているとミヒャエルが二人のところにきてこう言った。
「カイト、俺がやってみせるぜ」
「すまん、頼む」
ミヒャエルが8.8cm高射砲の脇で照準を行う。そして砲撃をすると砲弾はいとも簡単に自動車の残骸を吹っ飛ばした。
「……凄いものだ」
「そうですね」
サ・ガンとカイトは共に感嘆した。するとミヒャエルはカイトのところにきてこう提言してきた。
「カイト、俺が射手をやってやるよ」
「えっ!? 」
「お前達の射撃は見てられない」
ミヒャエルはそう言ってニヤリと笑った。だがカイトは真顔のままこう言葉を返した。
「俺達が行くのは最前線だぞ。良いのか? 」
するとミヒャエルは笑みを浮かべたままやや俯いてボソリとこう言った。
「……昨夜の酒の礼だ」
その言葉を聞いてカイトは小さく頭を垂れ「ありがとう」と言った。こうしてミヒャエルを加えた8.8cm高射砲の射撃チームが出来上がり後はこの砲を何処に配置するかを決めるばかりとなった。サ・ガンとカイトは司令部へ戻ると8.8cm高射砲を用いた反撃について直訴しようとノザワがいる部屋を尋ねた。だがノザワは不在で副官からは「そのような決め事はそちらで決めて頂いて結構です。後で報告だけして下さい」と言われて二人はノザワに会うことすら出来なかった。確かにいくら同盟国の兵器をわざわざ借りるからとはいえ高射砲一門の配置まで将軍に声掛けするのは大袈裟なのかもしれないがそれまでは細かいことまで全て報告するようにサ・ガンは要求されてきたのだ。サ・ガンは門前払いされた瞬間は顔色が変わっていたがそのうち開き直ると「では我々で全て決めます」とノザワの副官に言ってその場を離れた。その後サ・ガンは通信部隊の自分の部下から戦況に関する情報収集を始めた。
「サ・ガン中将、オーキ少尉が守備を固めていたロングーン北部は既に敵がこちらの防御線を突破して友軍は撤退中であります! 」
「ロングーンの西部からも敵はじわじわと迫っております。ですがこちらは敵の侵攻の障害となる河川が多いので侵攻の速度はそれほど素早いものではありません」
大きな無線機の置かれた通信部隊が詰めている部屋でサ・ガンは自分の部下達の報告を聞き戦局が急速に悪化していることを改めて実感した。そして地図を広げるとその目の前で両腕を組んで「う~ん」と唸り何か考え事を始めた。そこでカイトが横から口を挟む。
「敵の侵攻スピードが早いのはロングーンの北部です。こちらに8.8cm高射砲を設置しましょう」
「……うむ」
その後サ・ガンは長考した。カイトも横から口を挟むのを止めたが意見を求められた時には発言出来るように色々なことを考えていた。すると十分程経ってサ・ガンがゆっくりと口を開いた。
「……カイトよ」
「はい」
「このロングーンの街を北に向かうと森があって10km程続いている。その先は遮蔽物の無い荒れ地だ。その森と荒れ地の境に8.8cm高射砲を設置しよう」
「了解しました。森の中に8.8cm高射砲を設置して見晴らしの良い荒れ地を進んでくる敵軍を迎え撃つ訳ですね? 」
「その通りだ」
8.8cm高射砲の設置位置に関してはカイトも同様の意見であった。
「敵の戦力はそれほど多くはないとワシは考えておる。もし戦力が多ければ撤退中のヤポン軍は追撃され更に被害が拡大している筈だからだ」
「その通りです」
「戦車の数もそれほどいないのかもしれん。僅かな反撃でも敵の侵攻を遅らせることは出来るかもしれんな」
「……そうですね」
カイトはこれまで敵の戦車に一矢報いたい思いで必死でやってきたが高射砲一門で戦局が変わる程戦いは甘くないのだ。だが粘り強く反撃を繰り返して敵に出血を強いれば敵の侵攻は遅れその間に我が軍は態勢を少しでも整えることが出来るだろう。カイトは「今出来ることを一生懸命やろう」とシンプルに考えることにした。
「そういえばカイトよ」
「はい? 」
「これをスガイヤさんに届けてくれないか? 」
不意に話し掛けてきたサ・ガンがカイトに見せたのは上着の内ポケットから取り出した一通の封筒であった。
「これは……? 」
カイトがそう尋ねるとサ・ガンは小声になってこう言った。
「今のうちにロングーンにいるヤポンの民間人は避難するべきだとワシは思っている。」
「……」
「中の手紙には戦況の悪化の事実を淡々と記してある。頭の良いスガイヤならワシの思いを察してくれると思ってな」
「……分かりました」
「ついでにお嬢様に会ってこい」
「はっ? 」
「お嬢様に自分の無事を知らせてくるんだ」
「……えっ?」
ピンとこないカイトにサ・ガンは苛ついてこう怒鳴った。
「早く言ってこい! 」
「は、はい! 」
カイトはサ・ガンに頭を下げると慌てて部屋を出た。そして司令部の守衛に行くと自転車を借りてスガイヤの家に向かった。ロングーンの街中はかつてと何も変わっていなかった。




