8.8cm高射砲
「君はあの高射砲を扱って何年になるのかね? 」
建物を出て三人は潜水艦に向かって歩く。その道中でサ・ガンがミヒャエルにそう尋ねた。
「……二年ぐらいスかね」
彼はボソボソと面倒臭そうにそう言った。それを聞いてサ・ガンもカイトも一瞬自分の耳を疑った。先程の病室でのルドルフとのやり取りの時とはその態度が別人のようだったからだ。カイトもこう質問をした。
「戦車を撃ったことはあるのかい? 」
「……あるよ」
病室では真っすぐに伸びていた背筋もすっかり曲がりやや首を項垂れて歩くその姿は草臥れてやる気の無い敗残兵といった感じであった。カイトは長旅で疲れているのかもしれないと思いそれ以上は何も言わなかった。だが彼の態度は8.8cm高射砲の前に辿り着いても何も変わらなかった。
「この砲を潜水艦から取り外して地上で使わせてもらいたいのだ。取り外すのにどれぐらいかかる? 」
「さぁ……分かりません」
「この高射砲の重量はどれぐらいかね? 」
「……忘れたなぁ」
「砲弾はどれぐらいあるのかね? 」
「自分で数えてみて下さい」
その態度は目に余った。サ・ガンは黙っていたがカイトは我慢出来ずいきなりミヒャエルの軍服の襟を掴んでこう言った。
「貴様! その態度は何だ!? 良い加減にしろ! 」
「黄色い猿が何しやがる! 」
ミヒャエルはそう叫ぶとカイトの手を振りほどこうとした。だが長期間の航海によって弱っているのかカイトの手を振り払うことは出来なかった。カイトは猿と呼ばれたことに更に腹を立て拳を振り上げた。
「誰が猿だ? このチビ! 」
「止めろ! 」
サ・ガンが慌てて止めた。カイトはどうにか鉄拳制裁を堪えたが小さなミヒャエルの身体を両腕で高く持ち上げた後に地面に叩きつけた。
「痛えな! 」
ミヒャエルが顔を真っ赤にして怒っている。だがカイトはミヒャエル以上に怒っていた。ヤポン人は一般的に身長が低く有色人種ということで人種差別を受けることが海外ではしばしばあった。だがたった今その台詞を吐いたのはヤポン軍に助けられた同盟国の兵士なのである。カイトはその発言を許すことが出来なかった。
「てめぇの方がよっぽど猿だろうが!」
身長の低いミヒャエルにカイトが怒鳴る。だがサ・ガンはそれを制すると静かにミヒャエルにこう言った。
「ミヒャエルさん、あなたのその態度は非常に残念だ。協力して頂ければ本当にありがたかったのだがね」
「……」
「我々は猿ではない。この高射砲の活用は我々独自で検討します。あなたはもう病院へ戻って下さい」
サ・ガンにそう言われるとミヒャエルは黙ってその場を立ち去った。その後ろ姿を見ながらカイトはサ・ガンにこう言った。
「なんですかね? あいつは……」
「狭い潜水艦の中に長い間閉じ込められていて精神的におかしくなってしまったのかもしれない。いずれにせよ混乱しているのだろう」
「う〜ん……」
「理解出来ない人間はどこにでもいるってことだ。仕方がない。今から司令部に戻って8.8cm高射砲の活用を検討しよう。専門的なスタッフを集めねばならんな」
サ・ガンは敢えて今日のことはルドルフには言わなかった。サ・ガンは司令部に戻るとノザワに報告をして8.8cm高射砲の活用を訴えた。我が軍の劣勢を少しでも覆らせることが出来るかもしれないというサ・ガンの言葉にノザワも首を縦に振らずにはいられなかったようだ。ノザワの許可を得るとサ・ガンは砲術畑出身のナガックという技術少尉に声を掛けた。ナガックを加えたカイト達三人は翌朝にまた8.8cm高射砲の前で集まった。
「これですか……例の大砲は」
丸眼鏡にちょび髭を生やした坊主頭のナガックが8.8cm高射砲を目の前にしてそう呟いた。身長はサ・ガンよりやや高くカイトよりは低い中肉中背の男である。サ・ガンがナガックの質問に答えた。
「そうだ。これを取り外して地上で使用したいのだ」
「この砲を運ぶ台車が必要ですね。それもかなり頑丈なものが必要です」
「何かあるか?」
「以前に鹵獲した敵の砲の台車があります。それを改造しましょう」
「他に必要なものはあるか?」
「この砲を取り外すのに揚重機が必要ですね。それと外し方も調べなければなりません。この港には船の修理部隊がいる筈ですから彼らに協力してもらいましょう」
ロングーン方面軍司令部の許可を得ていることとカイトの熱意が非常にことをスムーズに運んだ。皆喜んで協力してくれたのだ。港の構内のあちこちに巡らされた線路の上を蒸気クレーンが走ってきてすぐに8.8cm高射砲の傍に配置された。そしてナガックが修理部隊と一緒に潜水艦に乗り込みその構造を調べ始める。一時間程するとナガック達は潜水艦から出てきてサ・ガンにこう言った。
「おおよその造りは分かりました。ガスの溶断も必要かもしれないので用意してもらいます」
「うむ」
「ところでサ・ガン中将、あの人は何です?」
「ん?」
ナガックがサ・ガンの後ろのやや離れたところに立っている男を見つめてこう言った。サ・ガンとカイトが振り向くとそれは昨日拗ねて病院に戻ったミヒャエルであった。カイトは睨みつけるような視線を送ったがサ・ガンは笑顔でこう言った。
「どうしました?お手伝いして頂けるならお願いしたいのですが」
するとミヒャエルはゆっくり近づいてきてこう言った。
「昨日はすまなかった。手伝うよ」
ぶっきらぼうな言い方にカイトは再び怒りを覚えたがそんなカイトを制するようにサ・ガンがこう言った。
「ありがとう。では宜しくお願い致します」
サ・ガンは柔和な表情でそう言った。




