恩師
「おぉ! カイト! よく帰ってきてくれた! 」
「どうにか……生き残れました」
「生命があるだけでも本当に良かった。まぁ座れ」
ロングーンに辿り着いたカイトはヤポン軍司令部へ行くと通信隊の部屋に行くように指示されたのでそれに従った。かつてカイトがサ・ガンと一緒に仕事をしていたその部屋はほんの一ヶ月程離れていただけなのに懐かしさを感じさせる。ボロボロで土まみれの軍服姿のまま部屋に入ったカイトだったがサ・ガンは嫌な顔一つせずカイトの想像以上に再会を喜んでくれた。
「サ・ガン中将、ペイテーラーではオーキ少尉にお会いしましたよ。中将に宜しくお伝え下さいと仰っておられました」
「オーキさんがまだ生きていたか! ……良かった。昔ワシも随分世話になったのだ。オーキさんは頼りになっただろ? 」
「はい、オーキ少尉が実質の指揮を執っていらっしゃいましたが……あの方がいなければ私は今ここにおりません」
「どうだった? 戦況は? 」
「……酷いものでした」
カイトは自分が戦場で見たことを全てサ・ガンに話した、敵の砲撃の凄まじさ、敵戦車への死の肉弾攻撃、過酷な状況下で奮闘する痩せ細ったヤポン軍兵士。するとその話を聞いていたサ・ガンがポツリとこう言った。
「ロングーンも……もう維持出来ないかもしれんな」
二人はその後黙り込んだ。だが暫くするとサ・ガンがその沈黙を破ってこう言った。
「ところでカイトよ、お前を呼び戻したのは私だ」
「そうじゃないかと思っていました。ありがとうございます」
「お前を呼び戻すことにノザワは反対したがどうしてもお前が必要な理由が出来たのだ。ノザワも渋々頭を縦に振らざるを得なかった」
「何か……ありましたでしょうか?」
「その説明は後だ。帰ってきてすぐのところを悪いがすぐに風呂に入れ」
「えっ?」
「そして軍服を着替えろ」
「はぁ、一体どうしたのです?」
「おいおい話してやる。取り敢えず急いでくれ」
事態を飲み込めないカイトだったが恩師であるサ・ガンには逆らえない。カイトは補給部隊の人間がいる部屋へ行って新しい軍服を調達するとその後司令部の中にある浴室に行った。そこには将校専用の四、五人が浸かれる大きな浴槽があったのだ。
「一ヶ月ぶりの風呂……か」
カイトはそう呟きながら汗と血、そして死臭のこびりついたどろどろの軍服を脱衣所で脱ぎ捨てて浴室に入り浴槽の水を桶で一杯頭からザブリとかぶった。浴槽の水はぬるくなっていたがロングーンの気温と湿度は高いので頭から水をかぶるという行為自体がとても気持ち良く感じられた。
「ふぅー!」
カイトは大きく息を吐き出す。だが足元を見ると黒い水が流れていた。軍服だけでなく自分の身体も土まみれであることを悟ったカイトはその後何回も水をかぶり石鹸で身体を入念に洗った。サ・ガンからは急げと言われていたがカイトが風呂から出たのは結局四十分後だった。
「カイト少尉、戻りました! 」
「うむ、では行くぞ」
カイトがサ・ガンの部屋に戻るとサ・ガンはすぐにカイトを連れて部屋を出て廊下を歩き始めた。二人が司令部の建物の外へ出るとそこには一台の車が待っていた。二言目には「節約」という言葉が響くヤポン軍司令部で移動に車が使われるのは珍しいとカイトは思った。通常であれば車が使用出来るのはノザワとその取り巻きだけだからだ。車の後部座席にサ・ガンに続いて乗り込んだ後カイトはこう尋ねた。
「何処へ行くんです? 」
「港だ」
「港? ロングーン港ですか? 」
エンジンが掛かり動き始めた車の中で訝しげな顔をしているカイトにサ・ガンは説明を始めた。
「ドク国の潜水艦がロングーン港に漂着したのだ」
「潜水艦!? 」
ヤポン国とドク国は遠く離れておりその間には敵の勢力範囲が存在する。敵の勢力範囲内を車や飛行機で移動しようものならあっという間に見つかって攻撃されてしまうのだ。そこで敵に見つかりにくい海の中、長大な距離を両国は潜水艦を使って行き来しお互いの軍事技術や情報の交換を行っているということをカイトは聞いたことがあった。
「ドク国の潜水艦はリンド洋を移動中敵に発見され攻撃を受けたのだ。そして沈没寸前のところをどうにかしてロングーン港まで辿り着いたらしい」
「はぁ……」
「カイト、お前を呼んだのは潜水艦に乗るドク国の指揮官との通訳の為だ。ドク国語が流暢なのはロングーン司令部でお前ぐらいしかおらん。他の人間では辞書片手に片言の挨拶をするのが精一杯なのだ」
「えっ? 中将は確か……」
カイトがそこまで言いかけるとサ・ガンはカイトを制すような手振りをした。そして小声になってカイトにこう囁いた。
「良い口実だろ? 」
そう言ってサ・ガンはニヤリと笑った。サ・ガンがそこそこドク国語が出来るのをカイトは知っている。カイトは思わず目頭が熱くなった。そして自分のことをそこまで気に掛けてくれたサ・ガンに黙って頭を下げた。そんなカイトを見つめるサ・ガンの顔には柔和な笑みが浮かんでいた。




