肉弾戦
その後一週間、ヤポン軍塹壕陣地への敵兵からの直接の攻撃は無かった。だが敵の砲撃だけは散発的ではあったもののずっと続いた。地面に穴を掘っただけの塹壕では飛んでくる敵の砲撃から完全に身を護ることは出来ない。死傷者の数はじわじわと増えていった。そしてそんな状況の中で新たな戦いが始まった。
「砲声多数! 」
「皆伏せろ! 」
それは前回の敵の進撃から八日目の朝のことだった。敵は猛烈な砲撃を仕掛けてきた。カイトは塹壕の中で震える身体を出来るだけ小さくして砲撃に備えたが今回の砲撃も長かった。カイトの頭上からは細かい土が爆音と振動と共にバラバラとひっきりなしに襲いかかってくる。カイトは震えながら「早く止めろ! 」とか「いい加減にしろ! 」などと癇癪を起こして一人で叫ぶことしか出来なかった。そうして漸く砲撃が止んだ時今まで感じたことのない振動が大地を伝わって身体に響いてきた。するとオーキがこう叫んだ。
「戦車だぞ! 」
「ちっ! 」
横にいたアキヨシの舌打ちがはっきりとカイトに聞こえた。カイトが恐る恐る土嚢袋と土嚢袋の間から前を見ると3台の敵戦車が三角形の隊列を組んで近づいてくるのが見える。敵は三角形の頂点に位置する1台の戦車が先頭となり残りの2台の戦車がその両脇後方に従う陣形を取っていた。両脇後方の2台の戦車の後ろには敵兵が歩いて続いている。オーキがまた叫んだ。
「対戦車戦闘用意! 亀の子を持ってこい! 機関銃は敵歩兵を近づけさせるな! 山砲は敵戦車を砲撃せよ! 」
カイトは九十二式重機関銃に保弾板を装填した。ギューダの変わりの射撃手はアキヨシだった。そしてオーキの「撃ち方始め! 」の号令と共にヤポン兵が陣地から一斉に射撃を始める。アキヨシも敵戦車の後ろに続く敵兵に銃撃を浴びせた。するとその直後に友軍の山砲の砲弾が敵戦車の周囲で炸裂し始める。敵の砲撃と比べると迫力は桁違いで敵戦車にダメージを与えている様子もないが何度か爆発音の合間に後続の敵兵の悲鳴が聞こえた。すると敵戦車は前進を止めた。敵は歩兵が随伴しない戦車のみの突撃を危険だと判断したのであろう。敵戦車は動きを止めてその場から我軍の火点に向かって砲撃を始めた。アキヨシは暫くの間射撃を続けていたがその時カイトは1台の敵戦車の砲身がこちらを向いているのに気が付いた。カイトは叫んだ。
「狙われてる! 逃げろ! 」
「えっ!? 」
アキヨシは射撃に夢中で何も気が付いていなかった。カイトは思わずアキヨシの身体を背中から引っ張って地面に倒しその上に自分も伏せた。するとその数秒後に物凄い衝撃と爆発音が二人を包んだ。
「うわぁ! 」
「ひぃ! 」
二人の上から大量の土砂が降りかかった。二人は必死に頭を抱えて伏せている。カイトは叫んだ。
「アキヨシ! 無事か!? 」
「どうにか生きてます! 」
二人が土砂を払って立ち上がるとそこには銃身の曲がった九十二式重機関銃が土嚢袋と土嚢袋の間でひっくり返っていた。このようにして友軍の他の機関銃も狙い撃ちされていき塹壕陣地から敵兵への射撃はどんどん減っていった。すると敵戦車が前進を始めた。先頭の敵戦車が我々の位置する高台の陣地へ迫ってくる。伝令の兵士がオーキのところへ走ってきてこう言った。
「オーキ少尉! 山砲の攻撃では敵戦車に効果がありません! 」
「……そのようだな。山砲は敵戦車の周囲にいる敵兵に継続して砲撃を続けよ」
友軍の砲撃は続くが敵戦車はどんどん迫ってくる。するとオーキが声を上げた。
「肉薄攻撃班、戦闘用意! 他の射撃可能な兵士は援護射撃を継続せよ! 」
その声を聞いてカイトとアキヨシはそれぞれ塹壕の中に立てかけていた三十八式歩兵銃を手に取った。そんな二人の横を亀の子と呼ばれる九十九式破甲爆雷を持った兵士が何人か通り過ぎて敵戦車の侵入が予測される位置へ走っていく。九十九式破甲爆雷というのは対戦車用の地雷で彼らはそれを使って敵戦車を破壊しようというのだ。このヤポン軍陣地には戦車もなければ対戦車砲すらない。小型で装甲貫通能力の低い山砲と地雷程度しか敵戦車に対抗出来る兵器が我が軍には無いのだ。
「これで勝てるのか? 」
カイトは内心そう思った。だがその間にも敵戦車はどんどん近づいてくる。カイトは三十八式歩兵銃の銃身を土嚢と土嚢の隙間から突き出して敵戦車の後ろに続く歩兵を狙い撃ちしたが当たっているのか当たっていないのかも分からない。友軍全体の射撃も散発的になっていた。そして戦車が塹壕陣地のすぐ目の前まで迫った時誰かが叫んだ。
「行くぞ! 」
「死なば諸共よ! 」
すると地雷を抱えた兵士達が塹壕を飛び出て先頭の敵戦車に真っすぐに走っていった。だが敵はその突撃を予測していたかのように後続の戦車と歩兵がヤポン軍兵士に銃撃を浴びせる。ヤポン軍兵士達はあっという間に薙ぎ倒されてしまった。
「こんな攻撃は止めさせろ! 」
カイトは思わずそう叫んでいた。カイトは知らなかったが敵戦車に有効な攻撃手段を持たないヤポン軍兵士はこれまでも肉弾攻撃で敵戦車に立ち向かっていたのだ。敵戦車が現れる度に多くの兵士が突撃を繰り返して屍体の山を築くというのは今まで何度も繰り返されてきた。それを今回カイトは初めて目の当たりにしたのだ。
「行けー! 」
「うおー! 」
敵の銃撃の合間に勇ましい掛け声が響く。だがその掛け声を発しているヤポン軍兵士の中には痩せ細っている為重い地雷をどうにか抱えたとしてもふらふらと歩くことしか出来ない者が多数いるのだ。敵の銃撃は容赦無い。突撃をした者はどんどん倒れていった。カイトはいつの間にかその様子を見ながら泣いていた。
「くそっ……くそっ! 」
カイトは泣きながら小銃を発砲した。だが敵の前進は止まらない。そのうち敵兵士が敵戦車と共に陣地になだれ込んでくるのだろう、カイトはそう覚悟した。だがその時奇跡が起こった。
「くたばれ! ベイ野郎! 」
そう叫びながら塹壕を飛び出して走っていった若い兵士の一人が銃撃を受けながらも敵戦車の側面に到達したのだ。彼はまたそこでこう叫んだ。
「ヤポン軍万歳! 」
彼の声はカイトの耳にもはっきりと聞こえた。だがその直後その兵士の身体は「ドーン!」という激しい爆発音と共に木っ端微塵に吹っ飛んだ。
「うわっ! 」
驚いて目を見開きつつそう叫んだカイトの目の前に何か黒いものが飛んできた。カイトは驚いてそれを避けたがそれはその兵士のちぎれた腕だった。どうやらその兵士は地雷を敵戦車の側面に密着させた状態で作動させたらしい。すると敵戦車は爆発の衝撃で履帯が外れて動かなくなっていた。
「好機到来だ! あの敵戦車を殺るぞ! 」
誰かがそう叫ぶとまた数人の兵士が亀の子を抱いて走っていく。だが彼らは敵戦車に辿り着く前に全員が敵の援護射撃によって倒されてしまった。たった一台の敵戦車に何人もの兵士が倒れていく。漸く一矢を報いたと思ったらそれは履帯を外しただけという始末だ。カイトは後続の戦車の陰に潜む敵兵を狙って小銃の引金を引きながらこう呟いた。
「これでは……勝てない」
すると次の瞬間陣地内に大きな爆発が起こった。敵の砲撃が再開されたのだ。カイトは伏せて頭を両腕で抱えて歯を食いしばる。だがカイトは爆風の中でいつもは閉じている目をほんの僅かに開けて頭を上げ敵戦車の方を見た。すると履帯を破損した敵戦車のすぐ後ろに後続の別の戦車が近寄って来ているのが見えた。どうやら砲撃の援護の間に傷ついた敵戦車を牽引しようとしているらしく何人かの敵兵がワイヤーを持って戦車と戦車の間でごそごそとしている。この砲撃はその作業を円滑に進める為の援護射撃なのだ。その後も塹壕の周囲を何度も激しい爆発が襲った。
「ひぃ! カイト少尉! 頭を下げて! 」
「くそっ! 」
横で頭を抱えているアキヨシに言われてカイトも再び頭を下げた。爆風は激しく首をすぼめていないとそのまま飛ばされそうであった。そうして暫くすると漸く砲撃が終わった。陣地の前を見ると履帯が破損した敵戦車はもういなくなっており敵兵も見当たらない。敵は戦車一台の履帯が破損しただけで後退したのだ。そして至るところにヤポン軍の兵士の遺体が転がっている。その様子を見てオーキがこう言った。
「次に戦車が来たら……持ちこたえられんな」
皆疲れて首を項垂れて塹壕の中に座り込んだままであった。誰も声を発する者はいなかった。




