死線を越えて
「ギューダ! 」
カイトは再び叫んだ。敵兵はギューダの腹に銃剣を突き刺した後その状態のままライフル銃を発砲したのだ。カイトは腰にぶら下げたホルスターから拳銃を抜こうとしたが手が震えて上手く出来ない。カイトがまごついている間にギューダは低い唸り声を発しながらカイトの方へ背中から倒れ込んできた。カイトの視界には倒されたギューダの背中越しに敵兵の持つ血の着いた銃剣が真っ先に飛び込んできた。このままでは次に刺されるのは自分だと思ったカイトだがその身体は恐怖で動かない。だがその時だった。
「このクソ野郎! 」
オーキの叫び声と共に「ドン! 」と一発の銃声が鳴った。その瞬間目の前の敵兵がビクッと震えるとそのままギューダに重なるように地面に倒れた。カイトは一瞬何が起こったか分からなかったが倒れた敵兵の後ろに立って小銃を構えているオーキを見て事態を理解した。オーキが敵兵を背後から撃ったのだ。そしてオーキがこう叫んだ。
「カイト少尉! 立って下さい! 重機関銃の弾薬を運んで下さい! 」
「オ、オーキさん! ギューダが……」
「分かってます! 後で助けます! ですが今は敵への反撃が先です! でないと戦線が崩壊します! 」
カイトはヨロヨロと立ち上がると最初に重機関銃が配置されていたところへ行き保弾板を数枚手にして戻ってきた。その間にも敵兵が数人塹壕の中に飛び込んできてカイトはその度に恐怖で座り込んだがその全ての敵兵をオーキは手にした小銃で仕留めた。塹壕内は敵兵の死体で溢れている。そんな状況下でもオーキは冷静そのものだった。
「カイト少尉! 装填お願いします! 」
「は、はい」
オーキの冷静な動きを見ているとカイトは自分が情けなくなった。少しは役に立たねばならない、そう思ってカイトは重機関銃の保弾板を素早く装填した。するとオーキが続けて指示を出した。
「補助お願いします! 」
「了解です」
カイトが装填された保弾板を支えるとオーキが重機関銃の射撃を始めた。これ以上の敵兵の侵入を阻止しようとしているのだ。その時カイトの目の前で塹壕陣地に向かって走ってくる敵兵数人が重機関銃の着弾による土埃にまみれて悲鳴と共に地面に崩れ落ちるのが見えた。
「これ以上はもう好きにはさせねぇ! 」
オーキがそう叫びながら重機関銃を撃ちまくっている。するとオーキのその声に反応したのか塹壕陣地からの友軍の射撃音が増えたようにカイトは感じた。そして時間が経つにつれて来た道を引き返そうと走る敵兵の後ろ姿がよく目につくようになってきた。
「形勢逆転だ! 優勢だぞ! 」
オーキはそう叫びながら逃げ惑う敵兵の背中に容赦なく銃撃を浴びせる。するとまた敵の砲撃が始まった。どうやら歩兵の退却を援護するつもりらしい。オーキは重機関銃の射撃を止めると塹壕の中でヘルメットごと頭を両腕で抱え身体を小さくした。カイトもその姿勢を真似つつ「飛んでくるなよ……飛んでくるなよ」と何度も呟いた。また砲撃の恐怖に耐える試練の時間だ。だが今回の敵の砲撃はカイトが予測していたよりも早く終わった。
「砲撃が止んだぞ! 怪我人の救助を急げ! 」
硝煙が立ち込める塹壕の中でオーキが立ち上がりそう叫ぶ。その時敵の砲撃は完全に止んでいた。カイトは震える膝を叩いてどうにか立ち上がるとギューダのところへ駆け寄ってしゃがみこんだ。
「ギ、ギューダ……! 」
そう呼びかけたカイトだったがギューダが返事をすることは無かった。ギューダは敵兵に刺された腹を両手で押さえ仰向けに倒れたまま絶命していた。目と口を大きく開けた苦しそうなギューダの死顔を見ているとカイトの目に涙が溢れてきた。カイトはその後嗚咽を上げて泣き始めた。するとオーキがカイトの背後に立ち肩をポンと叩いてこう言った。
「カイト少尉……埋めてやりましょう」
そう言われてカイトは黙って頷いた。
その日の戦闘は終わり夕方には兵士の遺体は全て片付けられた。敵の遺棄死体は五十を超えていたがそれらは全て肌の色が浅黒いリンド人もしくはヒルマン人でありベイ国人と思われる白人の遺体は一つも無かった。カイトはギューダの埋葬を終えた後ふとオーキにこう話し掛けた。
「敵さんは現地で徴用した兵士を俺達と戦わせているんですね……」
「白人は死んでは駄目だが現地人は死んでも良いとでも思っているのでしょうね、汚い奴らですよ」
オーキが静かにそう答えた。そしてカイトはふと先程の戦いを思い出す。カイトは自分が生き残れた幸福を感じつつもそれ以上に何も出来なかった自分に腹を立てていた。カイトは自分の怒りを紛らわせる為にふとオーキに聞いた。
「我々の損害はどれぐらいです? 」
「死んだのは三十人程ですが怪我人はその倍はいます。次に敵が来たら……どうでしょうね」
カイトがいる塹壕陣地には二百人以上の兵士がいたが一度の戦闘でまともに戦えるのは半数近くまで減ってしまったのだ。塹壕には怪我人が溢れているが医薬品はほとんどなくまた負傷兵を後送する手段もない。生き残った者も痩せこけた栄養失調の兵士ばかりだ。次に戦いが起きればさすがに今度は生き残れないかもしれない、そんなことを思いカイトは益々憂鬱になった。
「まぁ、何とかしますよ」
「……」
オーキはカイトを笑顔で励ましたがカイトは浮かない顔のままだった。するとそこへひょっこりとアキヨシがやってきた。
「カイト少尉! オーキ少尉も無事で良かった!」
アキヨシの顔は煤で真っ黒だった。聞くと先ほどの戦いでは山砲の砲弾の装填を手伝っていたらしい。
「ですが所属が変わりました。塹壕陣地を護る人数が減っているからそちらへ行けとのことです。宜しくお願い致します」
アキヨシは笑顔でそう言った。両手で抱えた三十八式歩兵銃が小柄なアキヨシを更に小さく見せている。その様子はまるで子供が親に買ってもらった大きな玩具を抱えているようだった。カイトはそんなアキヨシを見ていると僅かに元気が出てきたような気がした。
「アキヨシ……頑張ろうな」
「はいっ! 」
アキヨシは元気一杯だ。カイトはほんの僅かだが笑顔になった。




