最前線
空襲を受けてから四日後、カイト達の一行はどうにかペイテーラーの町の北側にあるヤポン陸軍の陣地へ到着した。その陣地はベイ国が攻めてくると思われる北西側から見るとやや高台の丘になっている。そこを攻めようとすれば敵は遮蔽物の少ない荒地から丘を駆け上がってくるしかなく防御陣地としては良い場所であった。カイト達は四日間敵機とゲリラへの警戒を続けながらの歩き詰めの旅でクタクタであったが敵の攻撃がいつあるか分からないとのことで全員すぐに陣地に展開する部隊へ編入されることになった。その陣地守備隊を実際に指揮しているのはオーキ少尉という実戦経験豊富な古参の兵士であった。陣地の中は塹壕がまるで迷路のように繋がっておりそこでカイトはオーキに挨拶をした。
「カイト少尉であります!これから宜しくお願い致します! 」
「オーキ少尉です。宜しくお願い致します」
オーキ少尉というのは温厚そうな肌の浅黒い男で深い皺の刻まれた顔はカイトより一回り以上は歳上に見えた。実戦経験が豊富だとカイトは聞いていたがオーキにはそれを鼻にかけるような素振りは全く無い。階級が同じだと自分の方が能力が上だと見せたがる輩が多い中オーキは全く普通にカイトに接してくれた。オーキは笑顔でこう言った。
「カイト少尉、ペイテーラーは初めてかい? 」
「はい」
「今までは何処に? 」
「ロングーンにずっといました」
何処か愛嬌のあるオーキにカイトは自分の経歴を話した。
「オーキ少尉、私はロングーンの通信隊で主に翻訳の仕事をしておりました。ヤポンを出てからその仕事に二年関わりました」
「実戦の経験は? 」
「……ありません」
そこまで言うとカイトは本音を正直に話した。
「オーキ少尉、私は戦闘は正直なところ素人なのです。階級が高いので皆から指示を求められることがありますが私は対応出来ないのです」
オーキはカイトを見つめながら黙って聞いている。
「オーキ少尉、あなたは私と同じ階級ですが指揮は勿論あなたが取って下さい。そこで出しゃばる気など私にはありません。ですが宜しければあなたが持っている戦闘のイロハを私に教えて頂けませんか? 今の私には最前線で何も出来ませんが来てしまった以上は少しは何かの約に立ちたいのです」
カイトはそう言ってオーキを見つめた。この前の機銃掃射を受けてからの今のカイトの正直な気持ちであった。すると暫くしてオーキがにこりと笑ってこう言った。
「分かりました。ではあなたは私の副官ということにしましょう。私の指示に従って下さい。勿論戦闘中もですよ。そして常日頃から私がやることをよく見て学んで下さい」
「ありがとうございます! 」
「実は私は大昔にサ・ガン中将と一緒に作戦に従事したことがありましてね。サ・ガン中将とは旧知の仲なのです。そのサ・ガンさんからあなたのことは聞いたことがありますよ。私はあなたがどんな男かを観察していました。サ・ガンさんの言う通りあなたが素直な男で良かったです」
それを聞いたカイトは心の中で「有難うございます! 」とサ・ガンに礼を言った。そしてオーキがカイトを戦場で受け入れてくれたことはカイトにとっては大変有難いことであった。周囲の人間のカイトに対する態度がオーキの副官というだけで柔らかいものに大きく変わったからである。そのような状況下で早速カイトはオーキからの指示もあり塹壕を掘るのを手伝った。それは新参者が戦場の古参兵と仲良くなるには一緒に仕事をするのが最も手っ取り早いとのオーキからの助言でもあった。カイトは他の兵士と雑談をしながらスコップを精一杯振り回す。カイトは皆にも嘘偽り無く自分が戦闘の素人でオーキに師事していることを告げた。そして勿論仕事も手を抜かず一生懸命やったので周囲もカイトをどんどん受け入れていった。そしてその後夜を迎え晩飯となりカイトはオーキと一緒に塹壕の中に座り込み乾パンを口に放り込みつつオーキに話し掛けた。
「オーキ少尉」
「どうしました?」
「ここでも食事は乾パンなのですね」
「何処も食料不足ですからね」
するとその瞬間カイトの腹がグゥと鳴った。二人は笑った。
「……リンパール作戦には参加されておられたのですか?」
「参加してましたよ。酷い作戦でした。大勢死にましたがここにいる兵士の殆どはリンパール作戦の生き残りです」
「そうでしたか……」
「カイト少尉、皆をよく見て下さい。皆ガリガリに痩せているでしょう?リンパール作戦は食糧の補給はほぼ受けることが出来ませんでした。敵の銃弾で死んだ者も多かったですが飢えと病気も我々を多いに悩ませましたよ。この陣地は乾パンが食えるだけまだマシです」
それを聞いていてカイトは今までの自分がいかに幸運だったかを知った。ロングーンの街中で死に怯えることや食糧に困ることすら経験したことが無かったのだ。
「乾パンは食い終わりましたか? 食い終わったら今度は機関銃の弾丸の装填を覚えましょう。ついて来て下さい」
カイトはオーキに連れられて塹壕の中を歩くと一人の若い兵士と会った。彼の前には月夜に不気味に輝く黒い機関銃が三脚に据えられて置いてある。オーキがその機関銃の前でこう言った。
「カイト少尉、これは九十二式重機関銃です。これの手入れや弾丸の装填のやり方をそこにいる彼に教わって下さい」
「はい! カイトです。宜しくお願い致します」
カイトはその若い兵士に頭を下げた。するとその若い兵士は驚いた顔をした。今まで士官に頭を下げられたことなど無かったのであろう。
「おらぁギューダといいますだべ。宜しくだべ」
身長は170cmぐらいでヤポン人にしては背が高いその男は坊主頭でまだ17歳の若い痩せた兵士だった。またヤポンの中でも田舎町の出身で言葉はかなり訛っていた。
「カイト少尉、弾丸を装塡する時はゴミは厳禁だべ」
「カイト少尉、装填は素早くやるだべ」
「カイトさん、あんた筋が良いだべな」
その日ギューダは懇切丁寧にカイトを指導してくれた。カイトはギューダの真面目で質素な人間性に好感を持った。
「我ながら初めてにしちゃ上手いかもしれないな」
「そうだべ、後は実戦で慌てないようにするだべさ」
「ギューダ君、宜しく頼むね」
二人はその日のうちに仲良くなった。カイトがある程度重機関銃の操作方法のコツを掴むと二人はそのまま塹壕の中で眠った。二時間経つと二人は起きて歩哨警戒の任務に当たったがその日はパラパラと雨が降っていてジメジメとした夜であった。
「蒸し暑いなぁ」
「おらの田舎より蒸し暑いだべ」
「ギューダ君の田舎はどこだい? 」
「おらの田舎はギフという町だべ。そこで米を作っとっただべ」
ふとカイトの脳裏に故郷の風景が浮かぶ。するとギューダはこう続けた。
「おらにはギフで待っとる許嫁がいるだべ。元気だべかな……」
「許嫁? お前やるな! 」
「ふふ、可愛いオナゴだべ」
「写真見せろよ」
「良いだべさ」
そう言ってギューダが懐から雨に濡れないように手を翳しつつ出してきた写真をカイトは見せてもらった。少しふくよかで優しそうな笑顔の女性がそこに写っている。カイトも思わずほっこりとした気分になった。
「少尉さんの前でこんなこと言ったら怒られるかもしれんけんど……はよ帰りたいだべ」
その言葉で二人をしんみりとした空気が包む。カイトはその時ふとマリィの顔が頭の中に浮かんだ。そしてカイトはこう言った。
「俺以外の士官の前でそれは言わない方が良いぜ。殴られる」
「そうだべな」
「俺だって……本音は早く帰りたいさ」
カイトはそう呟きながら写真をギューダに返した。するとギューダは真顔でこう言った。
「おらはあのリンパール作戦を生き延びただべ。運はめちゃ強い筈なんだべ」
「ふふ、そうだな」
二人は顔を見合わせて笑った。そうしているうちに歩哨の交代の時間になり二人は雨除けのシーツを被ってまた横になった。カイトは「敵なんか来なければ良いのに」と呟きながらいつの間にか眠ってしまった。




